アメリカの刑事ものの映画で、「あなたには黙秘権がある」から続く長セリフをよく見かけます。
これはミランダ警告と呼ばれていて、被疑者が知っておかないと不利になる知識を事前に教えなければならないようです(でないと、供述が証拠として使えない)。
いささか親切すぎる気もしますが、警察や司法は法律に詳しく、一般市民はそうではないわけですから、その非対称性を考えれば、妥当な制度と言えるでしょう。だいたい普通に生活しているだけでは、法律についてなかなか知る機会はないものです。
同様の構造はいたる所に見られますが、著作権もその一つでしょう。
著作権は作品を生み出した瞬間に、自然に発生します。しかし、ミランダ警告のように著作権者がどのような権利を持つのかを誰も説明してくれません。逆も然りです。自分が他の人の著作物を扱うときに、何が法的にアウトなのか、セーフなのかも教えてくれません。自分で知る必要があるわけです。
以下の一冊は、その知識を仕入れるために役に立ってくれるでしょう。
» クリエイターが知っておくべき権利や法律を教わってきました。著作権のことをきちんと知りたい人のための本
自衛としての知識
クリエイティブの場が限られていた時代ならば、知識がなくてもそれほど問題にはなりませんでした。それぞれの場には詳しい人が付属していたからです。
しかし、現代はもはやそういう時代ではありません。クリエイティブの場は幅広く広がっており、参加資格も特にありません。やろうと思えば、誰でも、どこでも行えます。日常的にこうして使っているブログやSNSですら、そのクリエーションの場であり、言い換えればパブリックなスペースとなっています。
私たちは素晴らしい自由度を手にしたわけですが、その代わり著作権に詳しい人が必ずついて回る状況でもなくなっています。
結果的に、(使われる場合でも、使う場合でも)自衛策として著作権について知っておくことは重要になっています。
本書の概要
本書は、__長いタイトルが示すように__クリエイターが最低限知っておくべき権利や法律が紹介されています。
きちんとあたると恐ろしいボリュームになりそうですが、「最低限」に絞ってあるので、非常にコンパクトな仕上がりとなっています。
また、法律のお話ではありますが、柔らかくライトな雰囲気に仕上がっているので、取っつきにくさはありません。著者が現役のフリーライターだからでしょうか、現場の空気感が感じられる話がたくさん盛り込まれています。それが身近さをより高めています。
会話形式であるものの、ストーリーはありません。そのため、一瞬この人たちは誰なんだという混乱に陥りますが、キャラクターやその力関係が把握できるようになると、ずいずいと読み進めていけます。
コンパクトで、難しくなく、読みやすい。
法律に詳しくない人に、必要な情報を届けるという(いささか難しい)役割をきっちこなしている一冊です。
新しい付き合い方
本書が面白いのは、著作権の使い方だけではなく、著作権との付き合い方も提示されている点です。ある意味では、本書の白眉はそこかもしれません。
繰り返しになりますが、創作の対価は費やした時間や労力ではなく、周囲からの評価によって得られるものです。(中略)他人によるコンテンツの複製は流通を制限することで、希少価値をもたらし対価を得るのが従来の著作権の考え方ですが、これからは発想を転換した方がいいように思います
デジタルによる情報流通が主流になった時代においては、著作権との付き合い方も新しい視点が必要となってくるでしょう。しかしそれは、権利なんてカンケーねー、という欺瞞的な自由主義ではあってはなりません。
いかにも新しい価値観に見えるそれは、結局のところ権利者の利益を毀損しているだけです。言い換えれば、コンテンツを作成するためのコスト負担を回避している(かのように見える)偽りのフリーだからです。結局、どこかで誰かが泣いているのです。当然、そこに持続可能性はありません。
そんな状態が長らく続いてしまえば、ベースとなる新しいコンテンツは枯渇し、どこかで見たようなコンテンツのループの中に閉じ込められてしまうでしょう(すでに半分くらい足を踏み入れているかもしれませんが)。
しかし、ガチガチに権利を固めてしまえば、本来もらえるはずであった「周囲からの評価」すら得られなくなってしまうこともありえます。
コントロールする部分はコントロールし、手放す部分は思い切って手放す。
そのような付き合い方が、これからのクリエイターには必要になってくるでしょう。そして、それを考えるためにも、既存の著作権について(そして、その法律が志向しているものについて)知ることは大切です。
さいごに
繰り返しになりますが、現代のクリエイターならば、著作権については自分で知っておく方がよいでしょう。ざっくりとでも知っておけば、細かい知識は別の書籍なりウェブなり誰かに相談なりで深めていけます。
本書は、そうした知識への入り口にも位置づけられるかもしれません。
» クリエイターが知っておくべき権利や法律を教わってきました。著作権のことをきちんと知りたい人のための本
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あっという間に五月です。ということは、月末には新刊の発売が待っています……と考えたときに、焦りよりもむしろワクワク感がするのはワーカーホリックか何かなのかもしれません。鋭意制作中です。
▼倉下忠憲:
新しい時代に向けて「知的生産」を見つめ直す。R-style主宰。