1969年に発売された『知的生産の技術』には、こうあります。
知的生産の技術の開発も、その体系化も、これからのはなしである。今後、たくさんのひとたちの手によって、知的生産のさまざまな技術が開発され、その体系化もすすめられるようになるだろう。その日を期待している。
40年以上経った現代ではどうでしょうか。
たしかに「知的生産のさまざまな技術」は開発されてきたように思います。書籍でも「知的生産」を関する本はたくさんありますし、ブログなども含めれば、さらにその数は膨れあがります。技術の数は増えた。そう言ってもよいでしょう。
しかし、あらためて考えてみると、著者の期待に応えられているようには感じません。
散らばる情報
問題の一つは、「体系化」です。
「知的生産の技術」に関する体系化はまったく進んでいません。もしかしたら、どこかで進んでいるのかもしれませんが、十分に周知されているとは言えないでしょう。それでは、なされていないのと変わりありません。
体系化がなされていなければ、個々の技術はバラバラに存在するのみです。あっちにあの技術、こっちにこの技術と散らばってしまい、共通点や差異を見出したり、全体を見通すこともできません。これでは、後から技術を学ぶ人間も大変ですし、過去の技術を改良するのも一苦労です。
バージョンアップ可能な「テキスト」があり、そこに主要な技術が適切に位置づけられていれば、学びや改良の道のりはずいぶん容易くなるでしょう。それが、体系化が目指す場所です。
主役は誰か
問題のもう一つは、知的生産の技術が「たくさんのひとたちの手によって」生み出されているのか、という点です。
学者や著名人の技術は、書籍で大いに披露されますが、それ以外の人たちの「身近な」な知的生産の技術の話はあまり聞きません。この点、一時期の「ライフハックブーム」では、個人の知的生産にフォーカスが当たりましたが、最近ではその流れも下火です。
梅棹さんによって書かれた『知的生産の技術』の非常に重要なポイントは、この技術が「研究の技術」に限定されていないところです。
産業が工業から情報産業にシフトしていけば、そこで働く知識労働者も自然と知的生産の技術を必要とするようになります。社会が高度情報化社会にシフトしていけば、社会を構成する市民がその技術を日常生活で使うようになるでしょう。むしろ、人数を考えれば、学者ではなくそうした人々の方こそが、21世紀の知的生産の技術の主役と言えるかもしれません。
しかし、注目を集めるのは学者などの「大がかり」な知的生産の話ばかりです。年間500冊本を読む人の読書術が、はたして普通の人々に役立つでしょうか。
ごく普通に働く人、ごく普通に生活する人が、日常的に使える技術が必要です。
実践的情報の共有
『知的生産の技術』の冒頭には、次のようなことが書かれています。
友人たちのあいだに、べつに組織だった情報交換網があるわけではないが、ひとりが、なにかあたらしい技術を案出すると、それがほかの仲間にもすぐつたわるようなしくみが、いつのまにかできあがって、いまにつづいている。だんだんとあたらしい技術も開発されて、つけくわわり、また、ふるい技術は経験によって改良をうける。いまでは、これらの友人のあいだの共有財産は、質的にも量的にも、かなりのものになっている。
見逃せないのは、これらが決してトップダウン方式で伝達されたわけではない点です。偉い先生から何かを教わるのではなく、あくまで実践経験に基づく改良やアイデアが共有されていたと言ってよいでしょう。
現代風に言えば、「知的生産の技術」コミュニティのようなものがあったわけです。
知的生産の技術は、技術です。つまり実際に使ってナンボであり、技術の知識の物知りになることには特に意味はありません。
個々人が実践し、工夫を重ね、それを共有していく。そのサイクルがうまく回っていけば、技術的な豊かさが生まれてくるのでしょう。
さいごに
残念ながら「体系化」に関しては、どのような着地点があるのかはまったく見えていません。
電子書籍を作ればよいのか、wikiがいいのか、あるいは別の何かがあるのか。
それは未知です。
しかし、コミュニティ作りならすぐにでもできます。というわけで、作ってみました。
Google+のコミュニティです。作ったばかりなので、まだルールみたいなものもありませんし、投稿しているのはほぼ私ですが、気楽な「知的生産の技術」の情報共有場所として使って頂ければと考えています。
もし、ご興味あればご参加ください。
▼参考文献:
情報化が進む現代だからこそ、読み直したい一冊。
▼今週の一冊:
グラッドウェルさんの本は、あいかわらず面白いです。
弱者が強者に勝つ方法。それが本書のテーマですが、そもそもとして「弱者」は本当に不利なのか、「強者」にはどこにも弱点がないのか、という視点の問題から取り組んでいます。
本書に登場する「小さな池で、大きな魚になる」作戦は、ネットでも結構有用だと思います。少なくとも、私はずっとその路線でやってきました。
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セルフパブリッシングによる本の無料キャンペーンを行っています。といっても、期限は本日(9月7日)までなので、ご興味あるかたはお早めにダウンロードください。10編ほどのエッセイを集めたエッセイ集になります。
▼倉下忠憲:
新しい時代に向けて「知的生産」を見つめ直す。R-style主宰。