これはかなり「上級者向け」の本だ。なんの上級者向けかというと「先延ばしの上級者向け」である。「我こそは先延ばしの天才」(と思い込んでいる人はとても多い)はぜひ本書を一読して欲しい。
私はこの本のテーマをよく知っている。私もまた長いこと「我こそ先延ばしの天才」と思い込んでいたからだ。
だから「先延ばしの本」まで出すことができたし、幸か不幸かその本がいちばん良く売れている。
にもかかわらず『先延ばし思考』で真っ先に上げられたこのテーマについて、取り扱うことを躊躇してしまった。事実上、正面切っては取り扱わなかった。
今ではそのことを後悔することになった。『先延ばし思考』は面白いからだ。この本が面白いのはまぎれもなく冒頭からいきなり「意義ある先延ばし」について取り上げているからである。
ただ、後悔していると同時にホッとしてもいる。
本書のようにまともに「意義ある先延ばし」のことを書いていたら、はたして自分の本があそこまで売れたかどうか、疑わしい。「意義ある先延ばし」のことは先延ばしについてよく考えている人はみんな知っている。同時に、あまりまともにこのことをすっぱ抜くのははばかられるのである。
» スタンフォード教授の心が軽くなる先延ばし思考[Kindle版]
明日がテストとなると、机の掃除を始める心理を逆手にとって
「意義ある先延ばし」が起こりやすくなる心理について、私はいろいろなところで書いたり喋ったりしてきた。よくあるのは、学期末テストが明日に迫ると、部屋の大掃除を始めてしまう学生だ。掃除中に古い名作のマンガでも読み出すと、全巻読破しかねない。
だがスタンフォードの教授は「それでいいじゃないか」といっているのである。マンガの全巻読破はさておき、部屋の掃除は「意義がある」からだ。確かにテスト勉強という「最重要項目」はできなかったかもしれないが、部屋の掃除だって「そこそこ意義のある用事」である。やるべきことから逃げたくて、その結果として「意義あること」を1つでも片づけられたら、それは「意義ある先延ばし」なのである。
答案の採点、講義の準備、委員会の雑務をこなさないといけなくなると、私は寮に隣接する妻と暮らすコテージを出て寮生のラウンジに行き、そこで卓球をしたり、寮生の誰かの部屋に集まって話をしたりした。ただラウンジに座って新聞を読むだけのこともあった。
すると、私のレジデントフェローとしての評判が上がり、学生に混じって彼らの理解に務める希有な先生だと噂された。やるべきことから逃げたくて卓球をしていただけなのに、現代のチップス先生と呼ばれるようになるとは何とも皮肉な話である。
こういうわけである。
しかしそれでは「最重要事項」がいつまでもたっても片づかない、と不安に思われるかもしれない。
もしも仕事の状況にずっと変化がなければ、そういうことになる。だが実際にはそういうことにはならない。たいていは「現在の最重要事項以上に重要(そうな)仕事」が登場するからだ。その時ランクが落ちた「準重要事項」に「逃避」すればいい、という考え方なのだ。
この著者の「スタンフォード大教授」は、危なく見えるくらいあけすけな著者である。彼はたぶん本当にこうやって「そこそこ仕事をやっていると評価されて」いるのだ。たしかにこの種の「マインドハック」には一理ある。
私たちは自分に課した、あるいは課された「最重要の仕事をかたづける」以上のエネルギーを用意することがなかなかできないのである。今かりにタスクリスト上の「最重要課題」を処理するのに必要なエネルギーが100だとすれば、身心で用意できるエネルギーも同じ100くらいなのである。
この状況でそのまま最重要の仕事に取りかかるのは相当ハードルが高い。しかし、そこへ「もっと重要な、エネルギー120を要求する課題」を目にして、それを自分でやらなければいけないということが確定すると、私たちはなんとか120くらいのエネルギーを用意できる。好むと好まざるとに関わらず、脳や心というのは、環境に大きく左右される。
というわけで、120のエネルギーを用意できた時点では、エネルギー100を要する「準重要事項」に「逃避する」のは相対的にやりやすくなるのだ。これが「最重要タスク」から逃避することで「そこそこ意義のあることが片づけられる」というからくりだと思う。
この考え方に賛成であれ反対であれ、冒頭からこんな話を持ってくる教授の書いた本は一読に値する。よほど先送りに通じていなければこんな話を冒頭に置いた本など書けはしない。と同時にスタンフォードで教授をしているくらいなのだから「それなりにちゃんと仕事をしている」はずである。先送り指向丸出しでも仕事がそこそこ進められる人の書いたあけすけな本。本書はためになって面白い本である。
» スタンフォード教授の心が軽くなる先延ばし思考[Kindle版]
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マインドハックも大事ですが、先送り対策として私はやはり真っ先にTaskChuteを挙げます。
なぜ、仕事が予定どおりに終わらないのか? ~「時間ない病」の特効薬!タスクシュート時間術 | |
佐々木 正悟 大橋 悦夫
技術評論社 2014-04-09 |
本書は初の本格的な「タスクシュート時間術」をテーマにしたビジネス書です。すでに大橋さんからも紹介いただいていますが、おかげさまで好評いただいております。
先送りというのはまず心理的な問題でもあるため、どうしても「心構えのこと」と考えられがちです。しかし、心構えのことであっても、実用的なツールを使う「だけ」で、問題が解決することもあるのです。
早起きがある程度は、目覚まし時計によって実行できることと似ています。ツールで解決する可能性がある「心構えの問題」であれば、試してみて損はないはずです。
なぜ先送りにタスクシュート、なのか。その点については本を読んでいただければと思いますが、まずは使ってみる、というのも手です。