次のような「法則」があると聞かされたとき、どんな感想を抱きますか?
「知的なレベルが極めて高い女性は、たいてい、自分より頭の悪い男と結婚する」
ファスト&スロー (上) ダニエル カーネマン 村井 章子 早川書房 2012-11-22
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居酒屋などでこんな話をすると盛り上がりそうです。大卒の女性の「性質」や、「頭がいい」「頭が悪い」の定義の仕方や、「日米の文化摩擦」といった話題にまで展開するかもしれません。
話題が盛り上がるという意味ではいいことですが、「なぜか?」に関する憶測はどれも的外れと、経済学者はうれしそうに指摘しています。こういうことです。
「夫と妻の知能指数の間には、完全な相関関係は認められない」
おそらくそうでしょう。近親者同士でない限りは。そして「知的なレベルの女性の結婚相手」の最初の文章と、今挙げた引用は、ほぼ同じことを言い換えているだけです。
非常に知的レベルが高い女性と比較した場合、世のほとんどの男性の知的レベルは相対的に劣るわけですから、「極めて知的レベルが高い女性」はどんな男性と結婚しようと、「自分より頭の悪い男」と結婚することになるというわけです。なお、私はこの事実について話を進めたいわけではありません。
「2年目のジンクス」と「知的な女性は…」
私達の頭脳の非常に悪いクセとして、個別の事例、とくに感情が反応しやすい個別具体的な現実に出くわしてしまうと、つい存在しもしない「原因」を勝手に探し求めてしまうことがあります。統計的にそれが当然であって無作為抽出でもそうなるに決まっているのではないか?とは考えにくいのです。
しかし、ブログを仕事の中心におくなり、「自分の好きなことで食べていこう」と思うなら、かなり意識的に努力してでも「原因をあれこれ追求しない習慣」は絶対に必要です。難しいことですが、この習慣を持たないと、的外れなことに大変な努力を注ぐことになります。
ブログを書いていてアクセス数をチェックしていれば、いやでも「すごいアクセスの集まる日」と「なぜかどんどんアクセスが減っていく期間」というものに出くわします。このとき「なぜアクセスが増えたのだろう?」と原因を追及することは、控えめに言っても時間の無駄です。
セミナーを数回開催すれば、なぜか予想もしないほど人が集まる会と、その50%にも満たない回とがありますが、その原因を例えば「天気」や「人望」などに求めることは、控えめに言っても…控えめに言いようがありません。
「平均回帰」の一言で済むものの原因をあれこれ探っている場合ではないのです。仮に私の本が平均して5000部くらい売れるということであれば、1万部売れた次は1冊も売れなくても不思議はないということです。2回くらいでそこまで極端なことにはなりませんが、試行回数が充分そろうとそういうことになります。
それを「佐々木も1回目はたくさんのブロガーの支持があってベストセラーが出せたが、2回目はそれにおごったため、そのことを読者が敏感に感じ取り見向きもされなくなった」などと評したがるのが人間です。「2年目のジンクス」も「平均回帰」で説明すべきものを、評論家はひたすら自分の脳が作り出した幻覚をもとに説明を繰り広げ、視聴者はそれを簡単に受け入れてしまいます。
こういうことを踏まえるなら、とにかく独立した人は「試行回数自体を増やすに尽きる」と私は考えています。成功は格好良く、失敗は格好悪いように、なにより自分にそう見えてしまうものですが、平均に回帰するという事実は格好の善し悪しと関係ありません。フリーランスに限りませんが、とくにフリーランスであれば、次の言葉をお経のように繰り返しても充分に報われます。
私たちは、自分によくしてくれた人には親切にし、そうでない人にはいじわるをすることによって、親切に対しては統計学的に罰され、いじわるに対しては統計学的に報われている。
親切を「アクセスアップ」や「集客の成功」に、あるいは「好意的なコメント」に置き換え、意地悪を「アクセスダウン」や「集客の失敗」や「批判」に置き換えてみてもまったく同じことが言えるはずです。
「平均回帰」というのは客観的にはまったく当たり前のできごとでしょうが(さいころを100回振って1が100回出るのはおかしいという程度のこと)、当事者になってみるとなぜか「最高値」を基準値にしてしまうから不思議なものというか、人は欲深いものです。(1が3回続けて出た後で4が出ると泣きたくなるから不思議という程度のことです)。
「どうすれば打席に立てる?」
こういう「統計学」をひたすら愚直に実践した(と言っている)人が勝間和代さんです。私達のような一般的なタイプと、勝間さんの大きくちがうところはおそらく、いったんこういう事実をおさえたら「成功」に向かってまっしぐらに突進できるところです。勝間さんの言葉を使うなら、私達は仮に「平均回帰」だと分かっていても「それでも三振はしたくない」と思ってしまうのです(恥ずかしいから)。
私はぶんぶん、振り回して、三振だらけですが、ほんの少し、ちゃんとヒットで飛ぶ打席があって、それで少しずつ、前に進んでいる気がします。
10000時間の法則ではありませんが、とにかく、何か行動を起こして、失敗しないと、前に進めないのです。
そうしたら、別の方から、どうやったら打席に立てるのですか、という質問がありましたので、以下の5つをあげさせていただきました。
打席に立つための5つの方法-とにかく、打席に立つこと。三振してもいいじゃない。- 勝間和代公式ブログ: 私的なことがらを記録しよう!!
最後の「どうやったら打席に立てるのか?」という疑問は、当然多くの方の関心事になるはずです。勝間さんの「答え」は上記引用の続きを読んでください。私なりの「答え」は「ブログを書くこと」です。なぜなら「ブログ」は誰しもが読める以上、誰が読んでくれるか分からないから、これは「打席に立つこと」になると思うのです。
それに勝間さんも「少しずつ、前に進んでいる気」がすると書かれているように、完全に平均には回帰しません。仮にブログの「アクセスアップ」を一種の「成功」だとみなすなら、「ヒットを飛ばした後」はアクセスの平均値が緩やかながら上昇します。
例えば以下のグラフは、数字も年月も伏せさせていただきますが、ある月の私自身のブログのアクセス推移を示しています。何らかの原因でとつぜんアクセスが伸びた後、アクセスはまた元のように下がってはいきますが、完全には元の平均まで下がりきらないのです。
これはあくまでブログのアクセス数というわかりやすい数値に「成功」を置き換えてみただけですが、フリーランスを長くやっていると、これと同じことがあらゆる活動について起こっているように感じられます。つまり何かを何度も繰り返すうちに突然変異的にうまくいくことがあると、その後元に戻っていきますが少しは自分の立場がベターになっていくのです。
となれば、後は「致命的な失敗」を犯さないようにだけ気をつけて(死んだりしないようにする)、自分なりに「成功」に近づけそうな「本番」活動を、何度も繰り返すに限るのです(後から振り返れば的外れでもしょうがない)。先に述べたとおりその手段の1つはやはりブログです。ブログで致命的な失敗を避けることは難しくないし(ネガコメに殺されることはめったにありません)、お金もほとんどかからないので何度でも「打席に立つ」ことができるからです。
(格好悪い目に遭うことをリスクとしないならば)ブログを書くリスクはとても少ないのです。ポジティブでなくても問題ありません。(現に私の思考はネガティブなものです)。好きなテーマを選ぶ限りさほどの労力は要りません。
そして最悪でも「平均回帰」を味わうだけで済むのです。
「忙しい」が口ぐせのあなたにワーキングマザーが教える自分の時間が増える36の時間管理術 (impress QuickBooks) | |
保科浩子
インプレスコミュニケーションズ 2013-03-19 |
この本は、私が主宰している「タスクセラピー」のコーチの一人、保科浩子さんの電子書籍です。
よく「タスク管理」や「ライフハック」の「成果」について疑問の声が上がりますが、それへの回答のひとつとなっています。
仕事をしながら育児もし、さらに本を出すとなるとめったなことではうまくいきません。時間管理には成果を上げられるだけの力があります。保科さんの実力というものはもちろんあるのですが、その実力を発揮させられなくなるほど混乱しないようにするのが、タスク管理の狙いなのです。