ダニエル・カーネマンの『ファスト&スロー』は非常に面白い本ですが、ただ単に面白い本ではなく「面白い上に役に立つ本」です。
どう「役に立つ」かというと『ファスト&スロー』を「タスク管理の本」として読むとわかります。
急いで断っておきますが、『ファスト&スロー』には「タスク管理」という言葉は、少なくとも私が使う意味では出てきません。それでも「タスク管理本」として読むことはとんでもなく強引ということはないし、これを考えたのも決して私一人ではありません。
こちらシゴタノ!でもおなじみの倉下忠憲さんも、明らかに私と同じ文脈で『ファスト&スロー』を読まれたようで、下記引用から始まる記事には多々共感しました。
この本によるとセルフコントロールと認知的努力は知的作業の一形態らしい。
私も倉下さんにならって「マジックポイント」(以下MP)を比喩に使いながら、本書上巻の読みどころを紹介しましょう。
脳はMPを節約しようと躍起になっている
本書に繰り返し登場するのは「システム1」と「システム2」という「高速なシステム」と「鈍足なシステム」です。『ファスト&スロー』という本書のタイトルもここからきています。
脳には「システム1」(ファスト)と「システム2」(スロー)が備わっていて、知的作業や判断に「システム1」が使われがちであり、そしてよく失敗する、というのが一貫したテーマになっています。
「システム1」というと味気なくてわかりにくいですが、一般的には「直感システム」です。このシステムは高速に働き、エネルギーを喰わず、楽観的という長所を備えている一方、他愛もなく致命的な間違いを繰り返し犯すという欠陥があります。
その「直感システム」の欠点を補うためにあるのが「システム2」というわけですが、残念ながら「2」はMP消費が激しいので、なかなかスイッチが入りにくい。だから間違っても何でも「1」で思考処理されやすいというわけです。
なぜなら「脳はMPを節約したいから」です。
今思えば言葉の使い方に問題がありましたが、私はこのMPのことを一時期「やる気」と呼んでいました。拙著『一瞬で「やる気」がでる脳のつくり方』は、MPが有限であるから、MP消費について慎重に考えないと「やる気」はすぐなくなるということをとにかく強調した本です。
一瞬で「やる気」がでる脳のつくり方 | |
佐々木 正悟
ソーテック社 2007-09-15 |
MP節約戦略の中でもっとも一般的なのが先送り
MPを節約したいとすれば「システム2」をなるべく使わず、できれば「1」で全てを済ませたいところです。「1」の方がエネルギーを喰いませんから。
「仕事」に関して「直感的」で「即決」で「楽観的」な「システム1」のもっともやりそうなことは「先送り」です。「それは先送り!そっちも先送り!はいそれも無理そうだから先送り!」と「1」はすぐ決めてしまうのです。
(蛇足ながら「私は小難しい理屈より直感を信じて何でもパッパッとやっちゃうの。それでだいたいうまくいっているし!」という人は小気味よくつきあいやすい人ですが、こと「仕事」を頼むのであれば再検討した方がいいでしょう)。
もちろん「1」が「楽観的」に先送りしようとするのを理性的におさえるために「システム2」があるのです。しかしながらMP消費の多い「システム2」は最初から脳によって「足かせ」がはめられているようで、「1」と「2」の連携は想定しているほどうまくいかないのです。
システム2を決定づける特徴は、働かせるのに努力を要することである。ところがシステム2は怠け者という性格を備えており、どうしても必要な努力以上のことはやりたがらない。そこで、システム2が自分で選んだと信じている考えや行動も、実はシステム1の提案そのままだったということが、往々にして起きる。(第2章:太字は佐々木による)
つまり「1」は「本当は先送りしない方がいい」ときでも、「2」をうまくごまかすことで「先送り」という「決裁」を「2」から取り付けてしまうのです。「2」はぼんやりしている上司のようなものです。
システム1(直感)「今は時間もあまりないし、無理をしてもこの仕事は簡単ではありません。明日は天気も良さそうだし、時間もたっぷりありますから、この仕事は明日でよろしいでしょうか?」
システム2(理性)「うんそうだね」
というわけです。本書を読むとよく分かりますが、このようなやりとりを経た程度のことで私達は「論理的に熟慮した結果」と思い込めるからなかなかのものです。
MPは一度にたくさんは使えない
脳はしかしやみくもにMP消費を抑えようとしているのではありません。MPは貴重なのです。単に1日に使える全体量が乏しいというだけではなく、一気にまとめて使うことのできる上限値も決まっているようなのです。
彼らの実験で繰り返し確認されたのは、強い意志やセルフコントロールの努力を続けるのは疲れるということである。何かを無理矢理がんばってこなした後で、次の難題が降りかかってきたとき、あなたはセルフコントロールをしたくなくなるか、うまくできなくなる。この現象は、「自我消耗」(ego depeletion)と名づけられている。(第3章)
マラソンであれば、急にペースを上げたりしてはいけないということです。やむを得ず全力疾走してしまったりすると、その後休まなければならなくなってしまいます。その間にも判断を要する仕事が入ってこないという保証はありません。もしかしたらオフィスが火事になるかもしれません。
MPはおそらく緊急事態のために、常にいくばくかは「予備のストック」になっているのです。
以上を全体的に考え直してみると、いささか我田引水的ながらタスクシュートというシステムはよくできていると思います。タスクシュートはMP消費を常に睨みながら仕事を進められる、ほぼ唯一のタスク管理システムだからです。
MPというキーワードを念頭に置きつつ『ファスト&スロー』を読み進めると、タスク管理システムには次のような方針がベースにあるべきだと気づくでしょう。
- 起床してしばらくはMPが豊富な大事な時間帯(大事な仕事を先に)
- MPを多く消費する仕事を集中するなら休憩を挟むこと(自我消耗対策)
- 1日にできる仕事の全体量、全体数には上限がある(MPは有限)
- MPの乏しくなる状況(たくさん仕事をこなした後、難しい仕事をこなした後、起きてからだいぶ後の時間帯)に「判断力を要する仕事」を入れると先送りになる(直感の暴走、システム2の怠慢)
- システム2をサポートするシステムがないと仕事は進めにくい(作業記録、時間シミュレーション、参照資料へのリンク)
以上の全てはたしかにタスクシュートのベースとなっている考え方です。
今回の記事からも明らかなとおり、例えば「7つの習慣」では「第2象限」として認識されている「重要だけど緊急ではないこと」は何かと先送りの対象になります。
- ブログを書く
- ジムに通う
- 貯金する
- 外国語の勉強
といった諸々です。そもそもどうしてそれらをするのかという問い合わせも大事なのですが、少なくとも「決意したものの、初日から連続先送り記録更新中」という事態を迎えるのはうれしくない。
けれども「目的をハッキリさせないからやる気になれない」などというのは、私には少なくとも半分くらいしか事実でないという気がします。
例えば「貯金」の目的はかなりハッキリしています。お金がなくなる。欲しいものがある。それにもかかわらずわけのわからない散財をしてしまうのが私達です。
「目的」というトップダウンを振りかざすのは最後の最後。私はこれ以上無理というところまで「タスク管理」というボトムアップから、この問題に取り組みます。
取り組むタイミング。見積もり時間。記憶の連続性の確保。そして先送りしないこと。
右脳を活用したりする前に、現実的にできることはたくさんあります。それをお伝えしていくのが私の仕事です。