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タスクシュートユーザーはなぜ「タスクシュートは手放せなくなる」と言うのか

By: Thomas VlerickCC BY 2.0


佐々木正悟 今回はちょっと趣向を変えまして、Twitterまとめのような記事になっています。

私がずっと興味深く追っていた「たすくま」ユーザーの連日のTweetをまとめ、そこに私の所感をつけていきます。

「たすくま」も「TaskChute」もタスクシュートを実践するためのアプリですが、理解してはまった人は「手放せなくなる」と口にします。私にはその意味がよくわかるのでいろんな切り口からその理由を説明してきていますが、説明するほど伝わらないことを痛感させられます。

今回紹介する「泉(蜂蜜)@文章修養中」さんの一連のTweetも、意味のわかる人にはどれもこれも非常によくわかる一方で、タスクシュートに縁遠い人には、たいして意味のないつぶやきに思えるかもしれません。

そうなる理由の1つとして、タスクシュートがあまりにも「身近な問題を解決していく」ことがあげられます。

一般に、人はもっと自分から距離の離れた問題に目がいきやすく、あまりにも身近な問題は、問題であるにせよ大した問題とは思えないものです。

たとえば泉さんはこんなTweetを残しています。

これを読んだ人は「確かにライフハックでスッキリ生活できるようになることもあるだろうけど、こんなことを達成するためにタスクシュートを使うのか?」と思いかねません。

おそらく私のセミナーを聞いては毎度のように「目から鱗を落として」くれている方も、タスクシュートを使っている私を何か「面白いもの」とは思ってくださっている一方で、御自身ではタスクシュートは使わないのです。そういう方を何名かは知っています。

また、私がご一緒に仕事をした書籍編集者さんの何名かは「タスクシュート式」に大いに感心してくださっていましたが(編集さんは通常著者の考えや行動に感心してくださいますが)たぶんタスクシュートを使うことはしていません。私のことを取材してくださった雑誌記者さんやライターさんも同様です。

中には首がちぎれそうなくらいしきりに頷いてくださるものの、でもやっぱりタスクシュートを使いはしないのです。

その気持ちはよくわかります。でも私のほんとうの気持ちを言えば、それでは何も理解していないのとまったく一緒です。タスクシュートを使って生じる変化は、タスクシュートを使うことなしには決して実感できないものなのです。

私達は、いろんなことを少しずつ疎かにしています。そうせざるを得ないからです。時間も足りないしやる気になれないことも多いものです。解約すべきつまらない携帯のサービスがあったり、書き換えておくべき住所の銀行口座があったり、とりっぱなしになっているデジタル動画がたまっていたり、自動車のタイヤの空気圧を調整しないままになっていたりします。

そういうことが千数百もある。機会があるなら「お茶のケースを開けやすく」しておくべきなのです。何もかもがスムーズに運ぶなら、何もかもがガタガタしているときとは、違った理想を持つと思いませんか?

たとえばこういう発見があります。強制的に8時間睡眠をとってみたら、仕事がサクサク片づいたのです。スキルアップしたり英語の勉強の成果ではありません。いつもより長く寝ただけです。

通常の「仕事力」はそもそも自分の平均的な力未満であったかもしれません。にもかかわらず毎日6時間半の睡眠で「自分は充分」と考えがちなのが私達です。しかもビジネス書などを読んで、できればもっと削りたいと思うのが私達です。なぜなら時間が足りないから。でも、夜寝る前に30分のSNSサーフィンをしたりする時間は「削ることができない」のです。

言い古されているにもほどがありますが、私達はもっともっと「自分を知る」必要があります。タスクシュートが目を向けさせるのは身近な問題の中でももっとも身近な、つまりは自分が自分であるという問題です。自分が自分であるからこそ、問題が発生し続け、その問題に必ず直面しなければならないわけです。

一般的なアプリや仕事術などの方法論は「目標を設定」せよと言い過ぎます。問題は何か遠くにあるゴールに到達すれば解決するかのようです。やせたり、貯金したり、意地悪な同僚と仲良くなったりすれば。でもそういうことではないと思うのです。

必要なのは目的地設定よりも、まずワイパーを使って、視界をよくすることです。すぐ身近な問題を無視しないことです。実際それは無視できない問題です。なぜなら自分が無視してきた問題が積み上がると、やがて身動きとれなくなります。

必要なものがすぐ見つからず、読みかけの本はどれだったかわからなくなり、いろんな人に用事を押しつけられてイライラし通しになる。しかも一番困りものなのが、そのどれもまったくやりたくないくらい、消耗しきっていることです。「つまらない用事なんかすぐにさっさと片づければいいのだ!」と思いながら、なぜかさっさとはかたづかない。

GTDで「やるべきことの洗い出し」をやると(何か1つでも用事が片づく前から)スッキリすると言う人が多いのは、些末な用事があっという間に山のように積み上がるからです。そのたいていは確かに覚えているのですが、そして、一つ一つは「2分もあれば」終わるかもしれませんが、全部を一気に片づけられる状況はいつも過ぎ去ってしまう。

些末な用事が積み上がるのは、それらを「身近で遠大ではないできれば無視したい問題」「ライフハックにかかずらわっているうちに大事な大きな問題を見失う」と思い込みすぎているからですが、それだけではありません。

些末な問題を一気に片づけたり、一気に片づける妄想に、快感があるからです。人が時に「モチベーションが高まる」と呼んでいるこの心情には、モヤモヤとした不快感が同居しているものです。まるでかゆいところをかきむしる快感のようです。

タスクシュートで手に入るのは「仕事のヤマを一気に片づける方法」ではなく、「一つ一つ片づけたら膨大な時間がかかってしまうが、それでも片づく」という事実です。この事実をおさえたとき、かゆみが治まります。そして実際に一つ一つ片づけるたびに、その事実が記録として残っていきます。

この流れを通すことによってのみ、かゆみの発作を起こさない予防薬となってくれます。

これだけ紹介してもまだ、タスクシュートの魅力の全容の、ほんの一部です。誇張ではなくそう言えます。1度でも視界の開けた車を運転したら、ワイパーのない車で雨の中を運転するなど、こわくてできたものではありません。だからタスクシュートは手放せなくなるのです。