「情報の教科書」を作るとしたら、どんな本になるだろうか。なんてことをたまに考えます。
きっとその本では、
- 情報とは何か ~すぐそこにある「情報」~
- 情報摂取の作法 ~インプット洪水に溺れないために~
- 情報の保管・管理法 ~「要らないものは捨てなさい」は本当か?~
- 情報生産の技術 ~価値ある情報を生み出す技術~
といった項目が扱われることになるのでしょう。すべての項目が、情報を扱うためのスキルに関係しています。
で、本書はこのうちの「情報摂取の作法」に相当する一冊と言えるかもしれません。
情報化社会で必要なスキル
私たちに向かって大量に押し寄せてくる情報を、どのように活かせば良いのか。それが本書のテーマです。
私たちが生きていく上では、いくつもの意志決定を行わなければいけません。そこには些細なものもあれば重大な決定もあるでしょう。どのような場合であれ、何かを決定するために情報を集めたり、証拠を吟味したりするはずです。
生き方が一通りしかない、あるいは人生において何一つ選択することができない、という状況ならば意志決定は必要ありませんし、情報のインプットに細心の注意を払う必要もありません。でも、現代はそういう時代ではないはずです。どのような情報を仕入れ、それをどう扱うかは、生きる上でも大切です。
また、現代ではインプット先が多様になっている点も見逃せません。マスメディアだけでなく、ソーシャルメディアでも情報が流通しており、それぞれに得意とする部分が違います。昔ならば、唯一の専門家からしか話を聞けなかった状況が、今ではネットワークの中からさまざまな話・意見を拾い上げることができます。しかも、その量が半端ではありません。そうした状況を見据えて、個人がメディアを選択していかなければいけません。
これからこの社会が情報化に向かって進んでいくのならば、それ以前の社会とは違ったスキルが市民として求められることになります。でないと、うっかりダマされたり、間違った情報を拡散させてしまったり、誰かの名誉を毀損したりと、自らの不利益を発生させかねません。運転方法を知らない自動車を乗り回すようなものです。
どこかしらのタイミングで、情報の取り扱い方について学んでおく方がよいでしょう。
10のSTEP
本書では、10のStepで情報のインプットに関する技術が紹介されていきます。
Step1 めまぐるしく変化する世界とどう取り組むか?
Step2 正しい情報を見落としていないか?
Step3 言葉の力にあやつられていないか?
Step4 専門家に服従していないか?
Step5 素人専門家を見逃していないか?
Step6 誰もが“市民ジャーナリスト”になり得るのか?
Step7 成りすましとやらせを選別する
Step8 数学から逃げていないか?
Step9 “自分という受信機”をチェックしているか?
Step10 “みんなの判断”に同調していないか?
扱われているステップには、非常に「現代的」な問題もありますし、私たち人間が普遍的に抱える問題もあります。どれもが有用であり、参考になることは多いでしょう。
しかし、さまざまな事例が紹介されている分、少し厚みがあるので、本書を強く必要とするであろう大学生に敬遠されてしまうかもしれません。それが少々難点ではあります。
もちろん、これまで「情報」についてあまり考えたことがなかった社会人にも役立つ内容が含まれています。ゆっくりとでも良いので取り組んでみるのは悪くないでしょう。
言葉の力
たとえば、と紹介したい内容がいくつもあるのですが、Step3の「言葉の力にあやつられていないか?」を取り上げてみましょう。
このStepでは「言葉の力」が紹介されています。
それはおもに言葉の力だ。慎重に選ばれた言葉がもつ、相手の反応を形成し、思考のしかたを変え、判断に影響を与える力だ。
書店のビジネス書コーナーに行けば、セールスに関する本や説得力をアップさせるためのノウハウを紹介した本がいくつも見つかります。そうした書籍では「効果的な言葉の使い方・選び方」がきっと解説されているでしょう。本書でも、街に起きている犯罪を「獣」に例えるか「ウイルス」に例えるかで、必要だと思う防犯対策の傾向が変わってしまった事例が紹介されています。
あなたが何かを売る立場なら、こうした話は福音でしょう。しかし、買う立場ならどうでしょうか。売る側が慎重に選んだ言葉によって、必要でないものを買わされてしまうかもしれません。
売る側が売るための技術を増しているのならば、買う側もそれに見合った技術を身につける必要があります。自分の判断が、言葉の力によって誘導されていないか。それによって、本来見るべきものを見失い、考えるべきことを忘れてしまっていないか。そうしたスキルも情報を扱う力の一つです。
最低限、言葉によって思考が誘導されてしまう可能性を知っていれば、買いたい・買うべきという思念が浮かんでも、「いや、まてよ」と検証を挟み込む余地が生まれてきます。それだけでも、ずいぶんな違いがあるかもしれません。
さいごに
できるなら、一つ一つのStepに記事ひとつあてて紹介したいところですが、さすがにそういうわけにも行きませんので、内容については簡単な紹介に留めておきます。
おそらくある種の人々__普段から情報を扱っている仕事をしている人々__にとっては、ごく当たり前の話かもしれません。でも、そういう当たり前の力が、これからの社会で生活していく上では必要になってくるはずです。
▼倉下忠憲:
新しい時代に向けて「知的生産」を見つめ直す。R-style主宰。