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精神科医にできること

佐々木正悟 細かいことを言うと、本書で述べていることは、「精神科にできること」と言うよりも、「精神科が現にやっていること」です。そういう情報がなぜ必要かというと、このテーマについて、おおざっぱにとらえることは、ほとんど不可能だからです。

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おおざっぱにとらえると、「精神科」の議論は次のどちらかになってしまいがちです。

  • 1.神科絶対主義 「心の病」については「精神科の専門家」に任せるべきだ。素人に対応できることなど、何もない
  • 2.精神科不要論 「精神科医」だって、実は「精神」のことなど何も分かっていないのだ。「精神病院」に行っても、お金と時間の無駄をするだけだ。

しかし現実の私たちは、このどちらの態度もとっていません。

たとえば私たちは、「心の病」にならないよう、日頃からそれなりに気をつけているものです。働きすぎて睡眠不足に陥らないように気をつけていますし、対人関係からストレスを得れば、友達に電話したり、書店で役立ちそうな本を探したり、お酒を飲んで憂さを晴らしたり、とにかく何か手を打ちます

それはとりもなおさず、自分の精神について、「精神科医」の手を借りる前に、できることはやっておくという、「心の自衛行為」に他なりません。

一方で、こういった「自衛行為」ではどうにもならなくなれば、やはり「精神科医」に相談したり、通ったりすることを、実際検討するなり、家族の人から勧められるでしょう。

これは、私たちよりも「医者」の方が、「精神」のことが詳しく分かっていると、暗黙のうちにせよ認めている態度からくるのです。

「心の病」はたしかに取り扱いが難しい問題です。

が、そんなことを言えば、「身体の病」にしても、決して取り扱いが容易な問題ではありません。それでも「身体の病」についてであれば、私たちは「医者」にかかる前に、常識的な手立てを講じています。

まもなく例の「花粉症」の季節がやってくるわけですが、これに対しても、うがい、マスク、ゴーグル、書籍からの情報などを、多くの人が活用しています。

そんなことをしても無駄だから、専門家に任せっきりにした方が良いという人はあまりいませんし、医者に行っても「花粉症」を治せるわけではないのだから、医者は不要だと言う人も少ない。

「治す」ことはできずとも、適切な知識とケアがあれば、症状を軽減したり、苦しみを少なくすることはできる。そういうスタンスをとるのがよいことは、身体の症状であれ心の症状であれ、違いはないのです。

まずはストレス対策

では、「医者」にかかる前に私たちができることとは何なのか? つまり、「身体の病気」を予防する意味での、「うがい」に相当するものとしては、どんなことがあげられるのか?

その一例として、私は今回紹介する『精神科にできること』のような本を読むと良いと思うのです。

「本を読むことがそんなに大した違いを生むか?」と言われれば、私は生むと信じます。たしかバートランド・ラッセルの言葉だったと思うのですが、「私たちの知っている知識ときたら、本当に

ちっぽけなものでしかないが、そんな程度の知識が、これほどの力をもたらしてくれることが驚きだ」という言葉があります。「精神科」の問題については、まさにこれがぴったりくるのです。

たしかにどうひいき目に見ても、「人間精神」について分かっていることよりも、分かっていないことの方がずっと多いのはまちがいありません。それでも、たしかに分かっていて、しかも知っておいて損のない知識というものは、あります。

たとえば「統合失調症」という、以前は「精神分裂病」とも呼ばれていた、かなりメジャーな精神障害がありますが、これは決して「珍しい病気」ではありません

世界中で地域差があまりなく、1%弱の人口がこの病気で苦しんでいるのです。あなたはこの病気と一生涯縁がないとしても、あなたの家族や恋人や親友まで含めると、一生涯縁がないとはとても言い切れない病気です。もしもあなたが会社の経営者で、社員が10人以上いるなら、「精神障害」と関わる可能性は非常に高くなります。

ちなみに、親しい人、特に家族が精神病になり、それがきっかけで精神科医を志したり、心理学を勉強したという人は、かなりいます。それらの人の多くが口にするのが、「精神症なんて、自分には最も縁がないと思っていた」というものなのです。

「統合失調症」と並んで、最近とみに注目されるようになってきたのが「うつ病」です。この二つの病気を発症する、小さくない要因として、慢性的なストレスや不安を指摘する学者は多くいます。

これだけでも、私たちがもっと「ストレス」を問題にする価値があると思うのです。その意味で、以前紹介したストレスとはなんだろう』のような本も貴重ですが、ストレスを一般的に理解したい立場からすると、『ストレスとはなんだろう』の方は、少々学術的すぎるきらいはあります。

「早期の発見」は重要

以上の他に、「精神医療」について一定の知識を持っておく、最大のメリットは、自分や自分に近い人の症状を、早めに知れることです。会社に部下がいればもちろんのこと、会社の上司が精神障害にかかるということも、あり得ることです(状況や症状によっては、これはかなり難しい問題と格闘することになります)。

早期発見、早期治療が大事であることは、肉体の病気とまったく同じです。そうでなくても、ストレス反応やうつ病は、放置して悪化しているケースがとても多く見られます。

38度の発熱がずっと続いているのに、病院にも行かず、薬も飲まず、何の手当もせずにいれば、病気はひどくなるのが自然です。強度のストレス反応や、軽症うつを放置しておくとは、そういうことです。

そうしておいて、結局どうにもならなくなった時点で、急にお寺に行ってみたり、家の方角について占い師に尋ねる人が、実際とても多いのです。

「精神科医などあてにならない」と思われているかも知れませんが、このような段階では、少なくとも占い師や宗教に救いを求める前に、あるいはせめて同時に、精神科を頼るべきです。

私はべつに宗教に偏見はありません。私の実家は寺ですから、宗教の精神に与える効果については、ごく一般の方よりは、実地に体験してきています。

『精神科にできること』には、そもそも人々がなぜ、精神科に頼るよりも家の方角を気にしてしまうのか、分かるように書いてあります。うさんくさく見られる理由、分かりにくいと思われる理由から、「診断」することの意味、「治る」ということの意味、「正常と異常」の境界線、「薬」が嫌われるわけ、「薬」を途中でやめてはいけないわけ、そして「薬」が効かないこともある理由まで、ひととおり分かります。それも筆者の筆力のおかげで、けっこう「楽しく分かる」のです。

とりあえず、一読をお薦めしたい一冊です。

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