今回は076と077を。引き続き「学び」についての二冊です。
『私たちはどう学んでいるのか: 創発から見る認知の変化』
本書も古い(間違った)学習観を改めることが目指されています。キーワードは、認知的変化・無意識的なメカニズム・創発の三つです。
たとえば認知的変化は、「学習」という言葉に相当するものですが、古い学習観を想起してしまうということであえて避けられています。ここで言う古い学習観とは、
「先生がいて、誰かが考えた正解を教えられ、それを学ぶ」
という図式のことです。たしかに学習や勉強という言葉を聞くと、このようなイメージが湧きます。しかし、私たちが母国語を使えるようになる過程などは(ようするに発達は)、上記とはかなり違った内実になっています。
他の二つのキーワードも同様で、私たちが一般的にイメージする学習→学びのモデルとは、その実体がかなり違っているんだ、ということを示すために用いられています。
人間にとっての学び(発達)がどのように起きるのかが理解されれば、当然それを促すための制度設計やノウハウもまた変わってくるでしょう。その理解は個人レベルの「勉強の仕方」を考える場合でも効いてきます。
むしろ、仕事術や知的生産の技術を学ぶ場合は、一刻も早く「先生がいて、誰かが考えた正解を教えられ、それを学ぶ」という図式から抜け出る必要があるでしょう。一口に学ぶといっても、そこにはさまざまな方法があるのです。
それにしても、1989年に出版された『人はいかに学ぶか』でも似た問題提起がなされていたのに、上記の図式はあまり動いていない気がします。簡単には動かないものなのかもしれません。
『Learn Better ― 頭の使い方が変わり、学びが深まる6つのステップ』
ここまでの三冊とは違い、新書ではなく単行本です。欧米方式で実例やエピソードが多く含まれていて、その分厚みがありますが、一歩ずつ理解を進めれられるように意識して書かれているので負荷が強すぎるということはないでしょう。
本書では、人間の認知のメカニズムに基づいて、「専門知識を身につけるための体系的なアプローチ」として以下の手順を挙げられています。
- 価値を見いだす
- 目標を設定する
- 能力を伸ばす
- 発展させる
- 関係づける
- 再考する
どのステップも重要ですが、「価値を見いだす」がアルファでありオメガでしょう。
人間が情報を扱う局面においても「インプット」や「アウトプット」という言葉がよく用いられるので、私たちの脳があたかもコンピュータであるかのように情報を覚えられると勘違いしがちですが、もちろん私たちの脳はコンピュータではありません。もう少し言えば、コンピュータのようには作られていません。
私たちの脳は、生きるため(生存するため)に必要な器官として進化してきたわけです。無意味な情報を暗記するためでも、超高速で演算を繰り返すためでもありません。たしかに、知能は汎用性があり、その点は、アプリケーション(プログラム)を変えることでさまざまなことが実行可能なコンピュータに似ている側面がありますが、そもそもの目的が大きく違っている点は忘れてはいけないでしょう。
私たちは生物であり、脳はその生物の一器官なのです。
それを前提に考えれば、「価値を見いだす」ことの重要性はよくわかります。この「価値」は「意味」と置き換えてもいいでしょう。そうしたものが体感されるとき、私たちの注意はその対象に向き、それをより理解しようと頭が動き始めます。まさにそのための器官が脳だからです。
また、価値を意味と置き換えた場合、「発展させる」「関係づける」「再考する」もこの範疇に入ってきます。意味を深めたり、意味を絡めたり、意味を再検討することが、そこで行われることだからです。だからこそ、「価値を見いだす」がアルファでありオメガだと言えるのです。
もう一点付言すれば、本書が提示するより深い学びは、イアン・レズリーの『子どもは40000回質問する』においても単純な好奇心と知的好奇心の違いとして検討されています。
知的生産活動において、真に有用なのは「知的好奇心」です。むしろこれを抜きに語られる知的生産の技術など看板倒れも良いところでしょう。効率化や生産性も、知的好奇心を満たすことがあってはじめて意味を持ちます。
逆に言えば、どれだけノウハウを学んでも、自分の知的好奇心を軽んじていては知的生産活動はおぼつかないでしょう。この点は、ゆめゆめ忘れないようにしたいところです。
▼倉下忠憲:
新しい時代に向けて「知的生産」を見つめ直す。R-style主宰。メルマガ毎週月曜配信中。