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Evernote脳から「あのアイディア」を検索するために

By: DominiqueCC BY 2.0


佐々木正悟 「符号化特定性原理」といういかにも説明的な専門用語があります。こんな言葉知らないという人のほうが一般でしょうし、知っててもあまりに口には出さないでしょうが、この原理を「使って」いる人はたくさんいます。

たとえばこのシゴタノ!の大橋悦夫さんが、まさに「符号化特定性原理」を記憶に活用しようと、執念のようなものさえ感じさせられます。

が、もしかすると当の本人も、この用語をご存じないかもしれません。

» Evernoteの「感情タグ」を一つひとつ見返すことで得られる効用 | シゴタノ!

私たちは多かれ少なかれ必要にかられて、何かを覚えようとします。でも、覚えただけで、思い出せなければ意味がないので、しばしば絶望的な努力を払って、何かを思い出そうとすることもあります。

情報に情報を追加する「精緻化」

「ヒトヨヒトヨニヒトミゴロ」とか「イイクニツクロウ」は「精緻化」です。情報に情報を付加することで、将来、思い出すときに思い出しやすくしようとしているのです。

こういうことをするのに反対する先生がしばしば居ます。私が中学受験するときにも、反対されたことがあります。よけいな情報を付加するな、というわけです。この反対は、心理学的に重要な議論を呼び起こしてきました。

情報を付加し、記憶する内容をわざわざ増やすことが、なぜ記憶術として有効なのか?

この疑問には、6歳になる私の娘が、私より圧倒的に多くの「プリキュアのキャラクター」などを、私より圧倒的にすばやく覚えていってしまう事実から、簡単に理解できます。彼女は、「記憶の精緻化」を行います。このキャラは、こういう得意技があって、誰それと仲がよく、カラーはピンクで…といった情報を次から次へと追加するのです。

私はそんな興味が少しも持ててないので、「キャラの名前と顔だけ」しか頭に入れようとしないため、1つも覚えられないわけです。大人になると付き合う人が増え、記憶の精緻化が為されないまま「知り合い」になる機会が多くなり、その結果「顔と名前が一致しない」人と気まずい思いをしあうことになるのと同じです。

「精緻化」が徹底されているほど「手がかり」に出会う機会が増える

何か特定のものを思い出そうとしたとき、私たちはただそれだけのことを思い出すということは、まずないものです。

まして、何か特定のことがらを「思い出せない」ときには、それを思い出すために、それに関連する事項を手がかりにするより他、ないはずです。そしてその手がかりは、基本的に多ければ多いほどいいでしょう。

たとえば私が「符号化特定性原理」についてEvernoteにメモを残したとします。「そのメモをみつけられれば、シゴタノ!の記事がすぐ書けるのに!」と思ったとします。でもあいにくと「符号化特定性原理」という用語を思い出せなかったら、キーワード検索をかけてメモをみつけるのは、難しくなります。

その際私がやることはまず、「シゴタノ!ネタ」というノートブックを探すことです。この「シゴタノ!ネタ」という「ノートブック」に「格納されている」という情報が、「精緻化」の1つです。つまり

「符号化特定性原理のメモ」
 └シゴタノ!ネタ

というふうに記録(Evernoteに記憶)させておくことで後日、

X
└シゴタノ!ネタ

という「手がかり」によって「X」に再会しようというわけです。

これがうまくいくのであれば、「X」にたくさんの情報を付けておけばおくほど、ますます「X」をみつけやすくなるはずです。「いつごろメモした」という情報はEvernoteならば自動的に付与されますが、その他にも大橋さんがやっているように「感銘を受けた」などという「タグ」を付けておくことができるはずです。

Evernoteには「すごい」と感じさせられるタグ機能があって、私もまだ十分には活用できてないのですが、「このタグとこのタグが一緒に使われています」ということを、解るように表示してくれます。

この機能は認知心理学で言うところの「概念ネットワークの活性化」をツールで実装したかのように見える機能です。たとえば脳内の「記憶タグ」が意識にのぼってくると、意味的に関連し合うような「概念タグ」も一斉に意識にのぼりやすくなるのです。

Evernoteという単語を目にすると、なんとなく「ノート」とか「緑色」とか「ゾウ」のことや、それらと関係することがらが思い出しやすい状態に、脳がセットされるということです。

検索誘導性忘却問題

この小見出しの専門用語は、説明的なのにしかもわかりやすくなくて恐縮ですが、これほどよくてきた人間の記憶力とEvernoteをもってしても、やはり思い出したいことの全てを思い出すというわけにはなかなかいきません。

中でも私がしばしばもどかしい思いをする問題の1つに「検索誘導性忘却」という問題があるのです。

用語が仰々しいわりに話は簡単で、思い出したいことが思い出せない重要な原因の1つとして、似たようなことを思い出してしまうせい、というのがあるのです。

「X」に関連することが意識の中で勝手に活性化されるのはいいのですが、その活性化のせいでネットワークに近い「X’」を思い出してしまうと、その「X’」が邪魔をして、「X」を思い出すのがものすごく難しくなるのです。

たとえばアルコール依存の人が禁酒をすると、どうしても酒が飲みたくなる「症状」のことを古くは「禁断症状」と言いましたが、現在はあまりそういわなくなりました。「離脱症状」などと言ったりします。

しかし私には「禁断症状」のほうが馴染み深い言葉になってしまっているため、いったん「禁断」という語を思い出してしまうと、「離脱」が思い浮かびにくくなります。そしてこういう思い出しにくさは、Evernoteの中の情報を探すときに、よく出くわすのです。

というのも、Evernoteにアイディアを格納するようなときには、似たような考えのメモをいくつもいくつも保存しておくことが多いし、それらの行き先になるノートブックも同じであることが多いうえ、タグを付けても同じタグを付けることが多いし、保存時期すら似たような時期に集中するからです。

運良く「それらしきメモ」をみつけても、それが本当にお目当ての「X」なのか、それとも「X’」なのかを決定的に見分ける証拠がなく、どっちなんだろう…どっちも違う気がする…という事態にはまり込むのです。こうなるともう、本当はどちらかであるのかどうかも解らなくなるため「見つかった」とも「見つからない」とも言えず、不快な割り切れなさだけが残ります。

Remembering Can Cause Forgetting:
Retrieval Dynamics in Long-Term Memory
Anderson_RBjork_EBjork_1994.pdf

全部英文なのでよほど興味のある方だけにオススメしますが、タイトルだけでも非常にうならせられます。

それでもEvernote以上に、いまのところ「精緻化により特定の記憶を活性ネットワークを手がかりとして引き出す」ことを強くサポートしてくれる道具は何もありません。

» まとまらない考えでもとにかくEvernoteに入れておく

この内容を読めば読むほど、まさに認知心理の教科書どおりのプロセスなのです。エンデル・タルヴィングがひっきりなしに私の頭で浮かび上がりました。それこそ多くをタルヴィングがまとめ上げてくれた、記憶の仕組みなのです。

» タルヴィングの記憶理論―エピソード記憶の要素