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小さなチーム、大きな仕事

小さなチーム、大きな仕事―37シグナルズ成功の法則 (ハヤカワ新書juice)
小さなチーム、大きな仕事―37シグナルズ成功の法則 (ハヤカワ新書juice) 黒沢 健二

早川書房 2010-02-25
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この本を一読して、私はW・グラッサーの「現実療法(リアリティ・セラピー)」を思い出しました。現実療法の中心概念は、

人間関係を円滑にするコミュニケーションスキルや、今何をしているか、したいのかを自己分析すること、社会的責任を果たせるような行動計画、自分の行動評価、頓挫せずにチャレンジする目的志向

などです。これらを、患者の精神療養目的で用いるわけです。一読されれば分かるとおり、これは神経症患者ばかりではなく、ほとんどの人の精神状態を好転させるのに、十分役立つ知識であり考え方です。私もこの人の本からは、少なからぬ影響を受けました。

面白いと思ったのは、「37シグナルズ」を「成功させた」と自負する実業家たちも、現実療法の精神と、非常に似た考え方の持ち主だと感じられたことです。この本で繰り返し登場する主旋律は、「現実的に、シンプルに、ものごとを成功させよう」ということです。

できることはあるのだから、始めること

本書がまず戒めるのが、「思い惑う」ことです。たしかに私たちは、思い惑います。たとえば私たちは周知の通り、最近、電子書籍を発行し、それを「素手で」売り始めました。このようなことをする前には、多くの人が躊躇するでしょう。私たちもそうでした。

たとえば、どうでしょう? Evernote という無料の個人向けソフトが、アメリカから発売されていて、マニュアルもない。その使い方を説明して、ついでに自分自身の使い方もくっつけ、WORDファイルから印刷して、プリントアウトして、コピーをいっぱいとって、街頭で「1部100円」と言って売り出す。十万部売れれば1千万円だ!

こんなことを口にしては、どうしようもない楽観主義(つけよう薬もない)と思われるに決まっています。私たちのやったことは、これよりはずっと「まとも」なことでしたが、『小さなチーム、大きな仕事』の著者はこう警告しています。

 「そんなこと、“現実”にはうまくいくわけない」。新しいアイディアを公開すると、こう言われる。
 この「現実」とはひどく気の滅入る場所のように聞こえる。みなれぬアプローチ、変わったコンセプトが必ず敗北する場所だ。勝利するには、みんながやっているようにするしかない。たとえそれが欠陥だらけで非効率的に見えても。
 一皮はぐと「現実」の世界の住人は悲観と絶望に満ちている。新しいコンセプトが失敗することを期待している。

このような「警告」が「37シグナルズ」の起業家たちのような人々から、繰り返し繰り返し発せられていますが、私たちはなかなか信じられないものです。「そんなこと、“現実”にはうまくいくわけない」と言ったり聞いたりするのは、何かとても自然なことのように感じられるから不思議です。

もちろん、WORDからのプリントアウトしたものを、中板橋駅前で売り出すのは馬鹿げているかもしれません。けれども、そうやろうとしてみたほうが、何がどう馬鹿げているかが、見えやすくなるということはあるのです。私たちの悪癖は、想像力の過信です。イメージが、現実の代わりになると思っているのです。

だから、「現実」を想像し、「現実」を頭の中でシミュレートしているだけのくせに、平気で「そんなこと、“現実”にはうまくいくわけない」と言ってしまうのです。たとえ「うまくいかない」のが正しかったとしても、想像の中で何かに取り組むよりも、現実に実行してみることで、簡単に見えてくることがあります。「思い悩む」くらいなら、現実に作ったものを徐々に改善していった方が、生産的なものなのです。

「素手であるとき」でもできること

今、私の前には何もなく、ただパソコンがあるっきりです。編集プロダクションが使うような「すごいデザイン編集ソフト」(イメージ)もなければ、「マーケティング・リサーチ」をしてくれる「チーム」がいるわけでもありません。本には文章が必要ですが、凄腕の編集者もついておらず、三島由紀夫のように文才があるわけでもないのです。

このこと」を考え始めると、時間は過ぎ去ってしまいます。三島の「文章読本」を買って読むのは多少の進歩ですが、生産という意味では、依然として何もしていないのと同じです。「すごいデザイン編集ソフト」を買うお金もないし、買っても使い方が分かりません。「マーケティング・リサーチ」など言葉しか知りません。「それらを」得てから始めようと考えるならば、一生何も始められはしないでしょう。

こういうことを指摘して、自分が「前向きであると考えた」としてもやはり、時間が過ぎ去ってしまいます。素手でもできることを始めるしかないわけです。できることがあると信じるのはしかし、とても難しいことです。まるで、砂場におもちゃのスコップを与えられただけで、サンシャイン60を造れと言われているような気がしてしまいます。

そこで考え方を変えてみます。(陳腐な言い回しですが)。

 人々に舞台裏へのパスを渡して、あなたのビジネスがどうなっているのか見せよう。誰かがあなたのビジネスについてリアリティ・ショーを造りたがっていると想像してみよう。共有するものは何だろうか? もうよその誰かを待つのはやめよう。あなたが行動する番だ。
 誰も気にしない? そんなことはない。一見退屈な仕事もきちんと見せれば、魅力的に見える。

ここで言われいていることは、たんなる「発想の転換」ではありません。「発想を転換しよう」などと言われても、どう転換すればいいかが分からなくて、困ってしまいます。それよりも、「リアル」であることのメリットを活用しようということの方が大事でしょう。

何がリアルかといって、確実にリアルなのは、あなたや私が生きていることです。リアルなものの中には、想像で描かれたものには抜けているような「ディティール」があって、これを見るとなぜか私たちは、妙な満足感を覚えるのです。

私たちが手がけた『Evernote Handbook』にも、この「ディティール」があります。というのも、私たちが実際に使っている様を、そのまま本に盛り込んだからです。多くの「Evernoteを使いこなせていない」人のなかには、そもそも「使い始めていない」人もいて、それらの人にとっては、まだそのつかいこんだ先の「ディティール」がないのです。だから、その先にの「ディティール」を先取りすると、妙な満足感を覚えるのでしょう。

「37シグナルズ」の著者たちは、「自分たちがやっていることを本にした」のです。それは彼らにだけできることではありません。私たちもまた、私たちのやっていることを、「ネタ」にすることができるのです。

 著名な料理人を見習おう。彼らは料理し、料理本を書く。あなたは? あなたの「レシピ」、あなたの「料理本」とは? 教える価値があり、プロモーションにもなるネタとは何だろうか? この本が僕たちの料理本だ。ではあなたのは?


小さなチーム、大きな仕事―37シグナルズ成功の法則 (ハヤカワ新書juice)
小さなチーム、大きな仕事―37シグナルズ成功の法則 (ハヤカワ新書juice) 黒沢 健二

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▼編集後記:
佐々木正悟

私たちの「大きな仕事」とは、もちろん上記の電子ブックです。「小さなチーム」であることはたしかです。何しろ制作者はたったの3人でした。

「作る」前には読まなかった『小さなチーム、大きな仕事』ですが、読んでおいたらよかったかな、と思いました。非常に勇気づけられたと思います。

文体は軽妙で、述べているところは明確です。力強いユーモアに満ちた本で、面白いエピソードもたくさん盛り込まれています。よくあるポジティブ本、と思う人もいるでしょう。そうかもしれません。しかし、行き詰まっていると、打破する方法など全くない。そう思えるものです。この本は、そんな思いをひっくり返してくれます。