脳が深刻なダメージを受けていても、きっかけ → ルーチン → 報酬のループを身につけることは可能なのだろうか? スクワイアは考えた。この大昔に生まれた神経のプロセスによって、ユージンが近所を散歩したり、キッチンにあるナッツを入れた瓶をみつけたりすることを説明できるだろうか?
習慣の力 The Power of Habit チャールズ・デュヒッグ 渡会 圭子 講談社 2013-04-26
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結論をいえば「できる」のです。
私たちのような大脳と言語をもつ「人間」という種から見ると不思議なことですが、ランプの光ったボタンをつつけばエサがもらえると「知った」ハトが、盛んにボタンをつつくからといって、ハトはどうして自分がボタンをつついているのかを「知って」はおらず、なぜそうしているのか説明もできません。
クモは巣をはって蝶を引っかけて餌食にしますが、巣を作っている最中のクモは、なんのためにそんなことをしているのか知らないし、将来そこに他の昆虫がひっかかることなど、なんの予測も立ててないはずです。
きっかけに頼り切るのは、しかし危険である
私たち人間は、一見ハトやクモなどととは違い、やろうとする行動の予測と意味を事前に意識してから行動するようですが、実際はそうでもないのです。
実際にはハトやクモと同じく、きっかけに頼って行動します。そこに赤いポストがあるから、投函する葉書のことを思い出す。今日が月曜日だというカレンダーをきっかけにして、可燃ゴミをまとめて収集所にもっていく。けたたましく鳴り響く目覚ましの音をきっかけに、起きることを思い出す。
これはこれで機能しますが、きっかけがなければ私たちが思い出せることは、実は非常に少ないということも分かります。
たとえば、どうしてもやらなければいけないプレゼン資料の準備を、ギリギリになるまで忘れていたり、思い出してもその重要性を思い出さないまま、先送りを繰り返したりするのです。
プレゼンの資料の重要性は、どういうきっかけで思い出せるでしょうか。上司の赤い顔でしょうか。もしそうなら、上司がたまたま穏やかな顔をしている限りずっと、資料の重要性は思い出せないということになりかねません。
それどころか私たちは、きっかけがあっても、思い出せないことがあります。駅前では確かにポストが目に入ったのに、投函すべき葉書のことを思い出せないという人はよくいます。
会社員のように、非常に多くの「予測に基づいて行動を起こさなければいけない人」が、こんな頼りない「きっかけ」だけに頼って行動をコントロールするのは、リスキーでしょう。3ヶ月後が締め切りの企画とか、メールの返事が戻り次第アクションを起こすなどというやり方では、数がよほど少ないのでない限り、ど忘れと混乱を引き起こすのが当たり前でしょう。
まして会社での業務中には、邪魔が入ります。メールに返事をしようと思っていたところへ電話を受け取ってしまい、そのままメールのことを忘れたり、「大事な」会議の前には「必ず」議事のための「リストを読んでおく」などという用事は、どういう「きっかけ」を用意できるでしょう?
マインドフルネス。いま何をしているのか?
以上のような問題を解決するには、「いま何をしているか?」を思い出すための「きっかけ」が必要なのです。そういうきっかけが用意できないなら、いつでも「いま何をしているのか? すべきなのか?」を明らかにできることが必要です。
習慣的にやっている行動の中に、習慣にはなっていない行動を差し挟むのは決して簡単ではないのに、私たちはそうすることを当たり前のように求められ、それができずに困っていることも多いものです。
いつものスーパーへ行く前に、クリーニングに寄ってから行く、と家をでるときに決意した人が、あっさりクリーニング屋さんを通りすぎて、スーパーに行ってしまう。「しまった!」と思って、帰りに寄ろうと思っても、やっぱりクリーニング屋さんを通りすぎて、帰宅してしまう。まるでコントのようですが、これは「クリーニング屋さん」が常に「立ち寄る」きっかけになってないから、むしろ自然に起こるのです。すぐ口にする人の多い「歳のせい」とかではないのです。
人間の頭をフルに活用すれば、こういうことは起こりませんが、「きっかけ」を頼りに行動するときは、人間といえどもハト並みです。だからあるときは行動を起こす「きっかけ」になったり、あるときはならなかったりだと、だいたいきっかけは機能しないのです。
そうではなくて「いま何をしているか?」を常に覚えている必要があります。これが、予測による行動を可能にする、ほぼ唯一の記憶力の用い方です。電話を切ったあと、「いま何をしているか?」と思い出せれば、電話を取る前に書きかけだったメールに戻ることができます。
これは結局一種のマインドフルネスであり、非常に肩が凝る、ないしは息がつまるように思えるかもしれません。しかしこうしないのであれば、残る選択肢は、大事なことのいくつかをど忘れして、心にいくらかのダメージを負うのは仕方がないと割り切るか、でなければ、ひっきりなしにあらゆることを「通知」されるしかないでしょう。
通知やきっかけに頼らない仕事を管理するやり方が、タスクシュートという方法論です。タスクシュートというのは、ただ1つの「訓練」を私たちに課します。それは、「行動と認識できるような行動なら、あまさず記録に残す」という訓練です。
この訓練によって、「いま何をしているはずなのか?」がひっきりなしに意識にのぼるようになり、そのうち、「いま何をしているか」が意識を恒常的にモニタリングするようになります。その結果、外的なきっかけに頼らなくても、行動を実行する「きっかけ」を点滅させることが可能になります。
具体的に言えば、赤いポストをきっかけにしなくても、徒歩で駅に着いた瞬間、次の行動であるICカードで改札を通るという行動を起こす直前に、「いま何をしているのか?」という意識が働き、ハガキを出すという行為を起こす必要があると、記憶想起できるわけです。
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わりと最近になってよく聞くようになった「マインドフルネス」という言葉ですが、日本にこの概念が紹介されたのはけっこう古く、すでに30年近く前にも、エレン・ランガーの「マインドフルネス」が邦訳されています。
心はマインド…―“やわらかく”生きるために | |
エレン ランガー 斎藤 茂太
フォー・ユー 1989-12 |
エレン・ランガーと若干方向性が違うように思いますが、やはり長く「マインドフルネス」を研究し、それを実践的な瞑想法と交えつつずっと研究し続けている人のひとりがジョン・カバットジンです。この人はかなり有名ですね。
マインドフルネスストレス低減法 | |
ジョン カバットジン Jon Kabat‐Zinn
北大路書房 2007-09 |
一般的にいえば心理学的には、マインドフルネスであれ瞑想であれ、話はストレスコーピングへと向かいます。痛みや苦悩に対応する部分が、まず求められるからです。
ただ、自分自身の現在と存在に気づく、という言い方をしてみただけでも、その視点はいくつか考えられます。
自分の外側から、何かドローンのようなものでも用いて「自分の姿」を幽体離脱ふうにとらえるのか、あるいは「自分自身の視点」から見た世界をもっとよくとらえなおすか(30秒に1回自動で写真撮影 ライフログカメラNarrative Clipを使ってみた | ごりゅご.com)、はたまたマインドフルネス瞑想法がそうであるように「内面から現在状況への集中」を維持するのか、といった違いがあります。
タスクシュート的には、最後のやり方ということになります。今のところこれが一番現実的で、お金もかからないからです。一見するとツールを使って、ひたすら作業ログを残しているだけであっても、真剣に正確に記録を残す気になれば、「現在への気付き」が強化されざるを得ないという仕組みです。