この本を書くに当たって、最初から決めていたことがありました。それは、
- 脳をITツールでフォローする
というテーマで一貫させること。決して、脳自体を「鍛え」たり、記憶力自体を「アップさせる」というアプローチをとらないこと。
そう考えたのには、2つの理由がありました。
- 1つには、ツールで記憶力をフォローするのであれば、結果も予想しやすいし、自分の使っているツールで、すぐに試すことができるから。
- もう1つは、世にはこれほどITツールが出回っていて、その多くは「記憶力をフォローする」目的で設計されているのに、そのことを網羅しようとした本が意外に少ないからです。
この2つが本書執筆の動機です。
記憶力の弱点をフォローする
多くの人が実感しているとおり、記憶力というのは完全無欠の賜り物ではありません。人の記憶力には驚嘆すべき点が多々ありますが、それでも完璧というにはほど遠いものです。
その不完全な能力のおかげで物忘れを意識したり、過度に忙しくて意識内容が鮮明でない感じがしたりすると、人はとても不安な気持ちになります。私たちは、記憶に日々頼り切って生きているのに、それが少しでも頼りなく感じられるということは、自分がとても心許ない存在だということになるからです。
大学院で記憶を研究していた知人が、渋谷駅を歩く人たちを指して、「佐々木さん。すごいと思いませんか? ここにいるすべての人たちの行動を支えているのは、展望記憶(外で済ませるべき用事を忘れずに済ませるタイプの記憶)なんですよ」と言ったことがあります。
考えてみれば当たり前のことですが、なるほどその指摘は印象に残りました。今自分がどうしていて、これから何をするつもりなのか。それらを「ここにいるすべての人」が知っていたに違いありません。言葉で答えることもできるわけです。これは人間のすごいところです。
それでも、人間の記憶力にも脆弱な点があります。だから、外で済ませるべき用事を忘れたり、会社の大事な資料をなくしてしまったりするのです。
そんな事態をなんどか経験すると、「もっと鮮明な意識状態を保ちたい」と、自然に思うわけです。そこで「記憶力トレーニング」というわけでしょう。
しかし私は、今の時代には急速に発展してきたツールがあるのですから、そちらで記憶力を補うのが確実だと思います。たとえば、展望的記憶を補うツールであれば、WindowsユーザーにもMACユーザーにもiPhoneユーザーにも、多種多様なものが用意されているのです。私は本の中で、できるだけどんなユーザーでも利用できるツールを紹介したつもりです。
多様な記憶力を網羅的に扱う
もうひとつ、記憶力の欠点には、ある種の法則性があります。忘れやすいタイプの記憶、忘れやすいタイミングには、一定のパターンがあるのです。
たとえば、すでになんどか言及している「展望記憶」はエラーの生じやすいタイプの記憶です。そのほかにも、なかなか機械操作や技術が身につかない(手続き記憶)という人や、キャッチーなコピーやアイデアをぱっと思いつく人(概念記憶の操作)がうらやましいという人もいます。
したがって、本書では、どんなタイプの記憶力をフォローするには、どんなツールが選択可能か、徹底的に分析してから、リストアップしていきました。
一見すると総花的に見える点も否定できませんが、著者としてはむしろ厳選したつもりなのです。現に、スケジュール補助としてのツールは他にもいくつかありますが、泣く泣く削ったものもあります。
逆に、アイデア支援ツールなどは、まだまだ「出そろっている」とは言えない状況ですから、思うようには紹介できていません。これは伝統的に、タスクやスケジュール管理ほど、簡単にはいかないのです。今後個性的なサービスがどんどん登場することを期待しましょう。
そしてここでお断りしておきますと、私のような発想はよく「ツールに頼っている」と指摘されます。それはその通りですから、否定はしませんが、ただ私の言い分として、「人間の記憶力はすでに驚異的だ」と言いたい。これを「鍛える」とか「開花させる」という話になると、素直に乗ることができないのです。
それより、「すでにすごい能力である人の記憶力」をそのままに、これを補完するために質の高いツールを使う、というほうが、私の感覚ではぴったりきました。ツールを使っても「記憶力チャンピオン」にはなれません。しかし、ビジネスパーソンに求められているのは、記憶力チャンピオンになることではないだろう、と思うのです。
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