ライターになりたい人のための1冊

カテゴリー: Journalビジネス心理書評
マルコム・グラッドウェル THE NEW YORKER 傑作選1 ケチャップの謎 世界を変えた“ちょっとした発想” (マルコム・グラッドウェルTHE NEW YORKER傑作選)
マルコム・グラッドウェル 勝間 和代

講談社 2010-07-07
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おすすめ平均
グラッドウェルはいいけど、、、、
内容自体はいいのですが。。。
天才達が、何を、どのように考えているか、を、垣間見る

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本書は、予想通りに面白い。マルコム・グラッドウェルの本は何でもそうですが、本書も「読むとライターになりたくなる」ような1冊です。

とは言え、ライターになったから、面白いものが書けるようになるとか、面白いものを書こうと思えば、アイデアがどんどんやってくる、というわけにはいきません。たいていは、逆です。アイデアを出せば、なくなっていく傾向にあります。

当然のことながら、マルコム・グラッドウェルに「どこから執筆のアイデアを得ているのか?」と尋ねる人が出てくるはずです。その「秘訣」を知りたいと思う人は多いでしょう。冒頭からグラッドウェルは、その話にこたえてくれます。

 アイデアを見つける秘訣は、たとえ相手が誰であろうと、たとえ何であっても「語られるに値する」物語がある、と自分に思い込ませることにある。いま、秘訣と書いたが実際は難問に近い。なぜなら非常に難しいことだからだ。

相変わらず「秘訣」というものは、人をその気にさせておいて、「健康の秘訣は早寝早起き、食事は腹八分目」のような内容だと思い知らされますね。「何事も当たり前だと決めつけるなかれ」。何度こうした箴言を聞いたことでしょうか。

が、「アイデアを見つける秘訣」を知りたいのなら、本書はやはり必読の書です。なぜなら、「非常に難しいことだ」とあっさり認めてくれているからです。

何にでも興味津々になるのは難しい

自分の好奇心は無限大で、何にでもすぐ興味を持つことができ、人の話に真剣に耳を傾ける、と自称する人はたくさんいます。しかしそれらの人々は、たいていの場合ウソをついています。シャンプーやケチャップについて魅力的な物語を見つけ出せるグラッドウェルにすら、それらに真剣な注意を払うのは難しいのです。

なぜ私たちには、当たり前の物事は当たり前につまらなく見えるのでしょうか? 私の言葉を使って説明するなら、人には「ロボット」が備わっていて、経験が積み重なれば、対象への注意を絞るように機能するからです。

「こんなうまいチキンサンドは食べたことがない!」と感激しても、それを100個食べる頃には、iPadでもいじりながら食べ、「そもそも何を食べたっけ?」ということになります。「ロボット」は知覚対象を背景にしずめ、音楽をBGMに変えるための心理機能なのです。

 人間が本来持つ衝動とはつまるところ、たいていの物事を「面白くない」と決めつけるためのものだ。テレビのチャンネルを次々と変え、ようやく11番目のチャンネルに決める。

こういうことをやっているのは、他ならぬグラッドウェルその人なのであって、彼の友人がやっているのを、不思議そうに眺めていたというわけではないのです。

グラッドウェルの好奇心とはいえども限度があり、その限度は私たちのとそう変わらない。それでもグラッドウェルが並々ならぬライターなのは、「毎日、その衝動と闘」っているからなのです。

シャンプーは面白くなさそうだって? やれやれ、仕方ない。きっとそうなんだろう。それなら、シャンプーが最後には私を面白い話題に導いてくれることを信じるしかない。

そうして本書の第4章が書き上がります。いわく、「本当の髪の色」。掛け値なしに面白いのです。それでも本書で最高に面白いというわけではありません。私には「ブローイング・アップの経済学」の方が面白かったですから。

「秘訣」を「目に見せて」やれる鬼才

もちろん、「コツをつかんでいる」ということはあるでしょう。つまり、ただたんに「どんな事柄にも面白い話題は潜んでいる」と「信じる」ことが秘訣であるなら、信じた成果を何度も体得してこそ、その活かし方も分かるというものです。

秘訣というのは要するに一般論です。「どこから執筆のアイデアを得ているのか?」と尋ねられるからこそ、「何でも最後には面白い話題に導いてくれると信じることから」と答えることになるのです。

しかし、ケチャップについて面白い話を書くというのは、非常に具体的な課題です。毎回毎回同じように「ものすごく面白い」という結果が出せるものではありません。大リーガーのイチローのことを「気が狂いそうなほど好きなファン」には分かることだと思います。.364という異常な高打率を誇っていたとしても、目の前で見ているその打席では、ヒットが出ないような気がして心配になる。それでも打って見せてくれるから、ファンをやめられなくなるのでしょう。

グラッドウェルはロン・ポピールという天才実演販売人のエピソードを詳しく書いています。ロンはテレビショッピングの中で「ほら!この通り!」とやって、アメリカの主婦にスライサーやオーブンを買ってもらおうというおじさんです。ロン・ポピールは本書を読む限り、実演販売人として紛れもなく天才ですが、それだけにいったんテレビショッピングの番組が始まれば、誰もが期待する結果を出さなければならないのです。

 ロンが少し脚を引きずっている。
「何ていうか、すごい重圧を感じるんだ」。ぐったりした声だ。
「『ロンはどうだ? まだロンがベストなのか?』って、そんな声が聞こえる気がするんだ。
(中略)
 「上がれ。もっと上がるんだ!」
 残された時間はあと数分。ロンがオーブンの素晴らしさをいま一度賞賛した瞬間、折れ線グラフが急上昇をはじめた。全米の視聴者が財布を取り出したのだ。
 二台目のモニターの数字が一瞬ぼやけて切り替わる。商品代金—129ドル72セントにプラス送料と税—ずつ数字が積み重なっていく。
 「100万ドルに届きそうな勢いだ。最初の一時間だけでだぞ!」
 QVCの男の声には、もはや畏怖の念がこもっていた。
 つまるところ、「ロンがベストだ」と言うのは簡単だ。だが、その証拠を、実際に目の前で見られるかどうかは別の問題だ。

天才ライターでも同じ問題に直面するでしょう。「自分はどんなことにでも興味を持てる」などと言うだけなら、簡単なことです。それができているという証拠になるのが、面白くて仕方のない物語だということです。

▼編集後記:

『「ロボット」心理学』のPDF版ができあがりました。こちらを日頃お世話になっている皆様方へ、無料配布させていただきます。

PDFファイルですので、パソコンからお読みいただけますが、iPhoneに最適化されています。

書き始めたのが28歳の頃の本ですので、内容と文章に直したいところが多々あったのですが、今回はいじらずにそのまま出すことにしました。

すでに絶版となっている本ですから、これによって損害を被る方はいらっしゃらないことを、一応お断りしておきます。

▼ダウンロードページはこちら
http://www.mindhacks.jp/robot-psychology-dl

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