前作「ヤバい経済学」もかなりぶっとんだタイトルでしたが、その続編もタイトル・内容ともにぶっとんでいます。
- 酔っ払って歩くのと酔っ払い運転、どっちが危険?
- お医者さんはちゃんと手を洗ってるの?
- 臓器移植問題は思いやりで解決する?
- カンガルーを食べれば地球は救われる?
- 性別を変えたらお給料は上がるの?
上の疑問に、「何をバカな事を・・・」と思った方はちらっとでも本書をごらんください。「社会通念」という重い石をひっくり返されるかもしれません。その石の裏側に何かおもしろいものも発見できるかもしれません。
ヤバい経済学とは?
本書は「経済学」の本ではありません。難解な言葉も、複雑な数式も、目が痛くなるグラフも出てきません。一般的な意味合いでの「経済」の本ですらないかもしれません。
では、「ヤバい経済学」とはなんでしょうか。本書より引けば
経済学的アプローチを、悪ガキみたいにヤバい好奇心に掛け合わせる
という事です。では「経済学的アプローチ」とはなんでしょうか。
世界をちょっと違った目で調べようという決意だ。人がどうやって判断するか、人はどんなふうに気が変わるか、それを描き出すような体系的な方法なのである。
このアプローチを支えているのが「人はインセンティブに反応する」という考え方です。性格の良い人や悪い人がいるのではなく、インセンティブに反応した結果「良い人」「悪い人」に見える、という考え方。こういう立ち位置からだと世界はちょっと違ったように見えてくるはずです。
人の行動の裏側には複雑でも何かしらの「力学」が働いていると想定する。その力学について経済学的な手法を使おう、というのが「ヤバい経済学」です。
正しい疑問から導かれるもの
経済学者はそんな判断をどう描くのだろう。普通、彼らはまずデータをやまほど集める。データは、意図的に集められたものもあるし、偶然で残ったものもある。いいデータの塊があって、それに正しい疑問をぶつければ、人間の行動をけっこううまく描き出せたりする。
ポイントとなるのは、「正しい疑問」です。いくらデータがあっても問いを立てられなければ意味はありません。
一番最初に引いた疑問の一つの中に次のようなものがありました。
酔っ払って歩くのと酔っ払い運転、どっちが危険?
あまりにも馬鹿らしい質問です。酔っ払い運転に決まっています。でも、はたして本当にそうでしょうか。
本書ではデータを引きながら、アメリカ社会では酔っ払って歩くと酔っ払って運転するのに比べて死ぬ可能性は8倍になる、と書かれています。ちょっと信じがたいことです。しかし1マイルあたりの死亡確率を計算するとたしかにそうなります。
このデータの解釈が正しいとして出てくる結論はなんでしょうか。それは、
「酔っ払ったら車を運転して帰れ」
ではなく、
「酔っ払って歩いて帰るのは、考えている以上に危険」
ということです。データに正しい疑問をぶつければこういう結論が出てくるわけです。千鳥足で帰宅しようとしている友人をそのまま見送るのは止めた方がいいかもしれません。
些細なことかも知れませんが、「世の中の見え方がちょっと変わる」というのはこういう事だと思います。
二つの教訓
本書から学べる教訓は二つあると思います。
一つは「本当にそうだろうか」という視点を持っておくこと。
常識や理念、考え方、法則といったものは一日のうちにいくつも私たちの目の前を通り過ぎています。それらに対して「本当にそうだろうか」「他の視点はないか」という疑問を提示する力を持っておく事が大切です。
ある考え方が長らく存在していた理由は、それが真実であったからではなく「受け入れやすかった」だけかもしれない、というやや穿った「物の見方」を身につけておくことです。新しい発見や斬新な提案というのはこういう「物の見方」から生まれてくることが多いと思います。
もう一点は、「人の行動」に注目することです。
「考え」は頭の中の出来事ですが、「行動」は現実です。ある人が何らかの行動をとっている__あるいはとっていない__のには何かしらのインセンティブが裏側で働いていると見るべきです。
ぼくたちが実際やっているような行動をするのは、具体的な状況の下で与えられた選択肢とインセンティブに対し、そういう行動をするのが一番得るものが大きいと思うからだ。
つまり、人はその人なりに「合理的」に行動し、判断しているということです。
もし、人の行動を変えたいと思うならば自分の「合理性」を相手に押しつけても意味はありません。相手の「合理性」を変えるような仕組みを作らなければ、水掛け論から抜け出すことはできない、ということです。
最後に
本書にはさまざまな疑問の提示とそれに関するデータと分析が詰め込まれています。テーマに関する一貫性もなく、まとまった結論もなく、ところどころ突飛な話がたくさんあります。
「きちんとまとまった本」を期待している方は、ちょっとがっかりされるでしょう。しかしながら、そういう本を期待している人は「超ヤバい経済学」なんてタイトルの本は手に取らないはずですから、なかなかうまいタイトル付けだと思います。
▼合わせて読みたい:
今回紹介した本の前作です。とびっきり面白いです。同じように結論めいたものはありません。疑問を提示し、データをひき、それを分析して「世の中の裏側」を探索します。そういった「他とはちょっと違ったものの見方」について興味あるならばぜひご一読ください。数学ができなくても問題ありませんが、ユーモアを理解する力はちょっぴり必要です。
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※本のタイトルとと同じ名前のアプリです。
▼倉下忠憲:
新しい時代に向けて「知的生産」を見つめ直す。R-style主宰。