マルコム・グラッドウェルのコラム集第二弾です。第一弾は「尖った人」をテーマにコラムが集められていましたが、今回は「問題設定」について。7つのコラムから読み取れるのは、「問題の解決がうまくいっていないときは、前提から疑え」という視点でしょう。
スティーブン・D・レヴィットの『ヤバい経済学』が楽しく読めた方ならば、この一冊もハマる事、請け合いです。
情報を見分ける力
本書に収められているコラムは次の七つです。
第七章 公開されていた秘密
第八章 100万ドルのマレー
第九章 画像をめぐる問題点
第十章 借りもの
第十一章 点と点を結べ
第十二章 失敗の技術
第十三章 爆発
どの章も、ある一つの問題から出発して「なぜそのような問題が起きたのか」「別の考え方はないのか」「他の視点からだとどのように見えるのか」といった問いを積み重ねていきます。その積み重ねで得られるものは、「今まで問題と思っていたことが全然的外れではなかったのか」という別の新しい疑問です。
例えば第七章の「公開されていた秘密」では、最近はサブプライムローン問題で影が薄くなったエンロンの問題を取り上げています。出発点となるのは「エンロン社が不正経理に関係する情報を隠蔽し、株主に不利益を与えていたのか」という疑問です。
感覚的には多くの株主が騙されていたのだから、情報は隠蔽されていた、という風に思えます。しかし、不正会計の問題の発覚の原因となったのは「会社が公開していた文書」だったとしたらどうでしょうか。そして、実際にそうだったのです。不正会計へと至る道は公開されていたわけです。ただ、多くの人間がそれを見過ごしていた。そこにこの事件の問題が潜んでいるわけです。
パズルの場合、事態が悪化したときに原因を見つけるのは簡単だ。原因は情報を隠し持っている人間にあるからだ。だかミステリーの場合、原因はそれほど単純ではない。情報が不十分なときもあれば、情報を読み解くほど頭が良くないときもある。答えがでないときもある。
エンロン社の問題はパズルではなく、ミステリーではなかったのかと著者は指摘します。
このパズルとミステリーの対比構造は、まさに現代社会が陥っている問題と重なってくるように思います。必要な情報が足りないのではなく、ノイズが多すぎてどれが必要な情報かが見分けられない、そんな状況に陥っているのではないでしょうか。高度情報化社会になればなるほど__皮肉なことに情報そのものではなく__情報を操作・編集・選別できる能力に重きが置かれるようになってしまいます。
情報量を追及するのではなく、情報を厳選する力を鍛えていくことが、これからの社会では必要になるのではないでしょうか。
まとめ
私たちの脳は省力指向です。一度役に立ったフレームワークがあれば、可能な限りそれを使い続けようとします。情報に関わる問題でも、「必要な情報が集まれば問題は解決する」というパズル的アプローチが身についてしまえば、環境の変化があったとしても同じようなアプローチで問題に迫りがちです。
変化する時代において、問題の本質を取り逃がさないためには、
「当たり前」を当たり前にしておかない姿勢
を持っておく事が必要でしょう。本書を読むとそれを痛感させられます。
グラッドウェルのコラムの面白さの理由はなんだろうか、としばらく考えてみました。おそらくそれは「問題を多面的に捉えている点」ではないかと思います。読んでいると脳のさまざまな部分が活性化する、ような気分になります。
彼は学者ではないので、特定のテリトリーにこだわる必要がありません。社会学、心理学、経済学といったツールを用いながら「社会」を分析していきます。彼が提示するこの社会の地図は、薄っぺらな平面図ではなく複雑な模様の立体図です。「当たり前」を当たり前にしておかない姿勢は、そのような立体図を描く上では欠かせないものではないでしょうか。
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「学校の先生と相撲の力士、どこがおんなじ?」
答えが気になった方はぜひ次の本を読んでみて下さい。「当たり前」の感覚が、手慣れたお好み焼き屋のように、小気味よくひっくり返されます。
今回紹介した本は、出版社さまよりご献本いただきました。ありがとうございます。あと、ちょっとした告知ですが、私の書いた本が発売されることになりました。詳しいことは追々ブログなどで紹介してきますが、現状でもアマゾンで予約できるようです。タイトル見てもらったらわかりますが、Evernoteを使った仕事術の本です。ご興味あるかたはよろしくお願いいたします。
▼倉下忠憲:
新しい時代に向けて「知的生産」を見つめ直す。R-style主宰。