おなじみ、マルコム・グラッドウェルのコラム集です。『ケチャップの謎 世界を変えた“ちょっとした発想”』の続編にあたります。
なにも考えずに買って、なにも考えずに読み進めて大丈夫です。間違いなく楽しめます。私など、歯医者で歯を削られる直前まで読んでいました。そういう状況ですら没頭できる本です。
» マルコム・グラッドウェル THE NEW YORKER 傑作選2 失敗の技術 人生が思惑通りにいかない理由 (マルコム・グラッドウェルTHE NEW YORKER傑作選)
理系の学者とちがって
これはあるマンガ家さんに教えてもらったことなのですが、漫画家は理系の学者の対極でいられることを、最大限活用しないとつまらない、と言っていました。つまり、「何かが事実であると証明しなくても、読者を一瞬でも信じさせられれば、マンガは成立する」ということでした。
私はマルコム・グラッドウェルの文章に引き込まれるときにも、マンガを読んでいるような魅力を感じさせられます。ときに展開が強引なのですが、いつしかすっかり「だまされて」しまうのです。
確かに漫画家でなくても、物書きはよくこれをやります。「理系の学者とちがって」というのは、なるほどと思います。
たとえば本書のタイトルともなっている「失敗の技術」ですが、心理学的に「緊張しすぎて固くなる」ことと「パニックに陥る」ことを対置している点は、「まあそういえなくもないか」といった程度の話です。が、文章の展開で楽しまされてしまう。
その意味では、「パニック」は「緊張で固くなる」のとは正反対だ。
人間は緊張すると考えすぎ、パニックを起こすと思考が停止する。
緊張で固くなると本能を失い、パニックに陥ると本能に戻る。
同じように見えても、実際は全く違うものなのだ。
ここだけ読むと、まるで心理学専攻の大学生の思いつきの法則を読まされているみたいです。しかしながら、ウィンブルドンのケースを鮮やかに描かれ、ヤンキースの事例を読まされ、NASAの話を聞かされ、ステレオタイプが知力に及ぼす心理実験を読まされるうちに、なんだかグラッドウェルの言うとおりのように思えてくるから不思議です。
ヤマタノオロチを描写する
なかなか難しいことですが、やはりものを書く人は、ヤマタノオロチを見てきたかのように書けないと、面白くはならないと思います。「ここが出没したという池であり、勇者がクビを切った記念碑はあそこです」というのではいけないわけです。
グラッドウェルはふつうなら2行で済ませても良さそうなところを、時に10ページくらい費やします。『急に売れ始めるにはワケがある』などでその能力が遺憾なく発揮され、15の法則だとか150の法則だとかいう、わけの分からない数字がとんできたかと思うと、「その裏を取り始める」のです。
そしてその「裏」が恐ろしく面白い。でなければ、短期記憶でやっと覚えておけるほどたくさんの人名があふれているので、恐ろしく退屈になってしまうでしょう。
何かが「急に売れ始めた様子」などは、いかにもヤマタノオロチです。確かに非常に多くの人がとても懇切丁寧に、「なぜiPhoneがこれほど売れ始めたのか」をあれこれ教えてくれるのですが、「ここが出没したという池であり、勇者がクビを切った記念碑はあそこです」に終始することがほとんどなのです。それらは裏のとられていない伝聞です。
グラッドウェルがとっている「裏」にしたところで、一つ一つを懐疑的に読めば、「果たしてそうか?」と思いたくなる話は、前述したとおり結構あります。ただそれがあまりにも本当らしく書かれているので、本当だと信じる心理状態で読んでしまうのです。すると「謎めいた事件の裏」が何もかも分かったような気になるので、今さら自分の気持ちよさを裏切れないというわけです。
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吼えろペン 5 (サンデーGXコミックス) | |
島本 和彦
小学館 2002-07-18 おすすめ平均 |
最近、妻が実家に帰ったのをいいことに、夜更かししてこのマンガを読みまくっています。マンガ家さんと自分の職業に違いはあるものの、「分かる」話が多くて、ギャグマンガなのに笑えません。
そして引きずり込まれるようにして読み進めていってしまいます。ときに全くマンガ家業とは関係のない話が出てきますが、そちらの方が安心して読んでいられます。