オビの文句とは裏腹に、本書はかなり正攻法の「自己啓発書」です。ただし、「心理学的データ」を背景に持っています。そして、「59秒で理解できる方法論」がまとまっています。それが本書の「ウリ」であり、「当てにならないインチキ自己啓発論を心理学的に否定する」というのは、付加価値なのです。
では「59秒で理解できる自己改善方法」を、サポートしている心理学研究とあわせてピックアップしましょう。
その前に、どうして「59秒」で理解できる自己改善法を著者がまとめようと思ったのか、その理由もここで紹介しておきます。
ソフィーは表情を曇らせ、心理学的な根拠のある自己啓発の方法は作れないのと尋ねた。私は幸福感について込み入った専門的なせつめいをはじめた。だが、十五分ほど経ったところでソフィーがさえぎった。とても興味深いお話だけど、もっと手っとり早い方法はないのかしら。「手っとり早いって、時間にすると?」私が訊いた。彼女は腕の時計に目をやり、にっこりして答えた。「そうね、一分くらい?」
というわけで筆者は「1分以内」で理解できる自己啓発方法集を書くことになったのでした。
幸せになる方法
自己啓発書ですので、このテーマが最初にきています。哲学的に難しく考えず、幸福感を長く、しっかりと感じられる人は幸福、という前提を受け入れて読むことが必要です。
お金を使うならものを買うより体験を買う
たとえば、お金を使うなら、新しく「モノ」を買うよりも、旅行でもした方が幸福感は長続きするということです。
なぜかというと、人の記憶は変質するから。旅行の記憶は「よい方に書き換えられ」ます。記憶はニュートラルより若干でもベターなら、そう変質するのです。逃がした魚は大きく、思い出すたびにますます大きくなります。
しかし、所有物の「記憶」はなかなかよい方に変質したりはしません。普通は長く持つほど古くなり、壊れたりします。
お金を使うなら、自分のためより人のために使う
人は、困っている人のためにお金が使われたことを目撃したとき、側座核など、脳の快楽中枢が刺激されたという実験があるようです。
にわかには信じがたい話ですが、もしそうであれば、利他的行動が快感に直結するということになり、少なくとも「幸福感を感じる回数を増やす」のは難しい話ではなくなります。59秒で理解できます。
他人への印象をよくする
こちらも自己啓発書には定番のテーマでしょう。次の二つはとくに、応用の幅が広いテクニックです。
小さな親切を施してもらう
他人に親切にするのではありません。親切にしてもらうのです。
著者はこれを、「笑えば楽しくなり、泣けば悲しくなる」の心理的知見によって説明しています。つまり、「好きになればその人のために何かをするのと似て、その人のために何かをすればその人が好きだと感じてしまう」というわけでしょう。
これでも悪くはありませんが、私は、認知的不協和を持ち出してもいいと思います。「小さな親切」を施してしまえば、その事実を否定することはできなくなります。それなら何か、理由があった方がいい。「私はあの人のことが、少なくとも嫌いではないらしい」とか。
何しろちょっとしたこととは言え、親切にしてしまったのですから。
人の悪口を言わない
「お約束」と言って良さそうな話ですが、一応押さえておきたいこととして、これは「印象をよくする」方法論だということです。
「人の悪口は絶対に言ってはならない」とか「人の悪口を言うのは人として最低だ」といったような、モラルに関する話ではない、ということです。
人の悪口を言うことが印象を下げるのは、言っている人と聴いている人のミス・コミュニケーションが起こるからです。
おそらく悪口を言う人の側としては、「これは悪口ではなく建設的な批判だ」とか、「共感して欲しい」とか、「共謀者になって、仲良くして欲しい」という思いがあるはずです。
それに対して聞く側は、ちょっと不思議な話でもあるのですが、「悪口を言われた人の欠点を、喋っている人に投影してしまう」という傾向があるようです。「あいつ、バナナの皮を踏んで転んだんだぜ」と喋っていると、喋った人がバナナの皮を分で転んだイメージを持たれるのです。
これは印象という点で考えると非常に損くさいので、やめておくのが賢明、というわけです。
他にもストレス解消、イメージトレーニングなどの定番メニューがありますが、意外性より、王道をまとめてあるという印象です。それでも、少なくとも読んで理解するだけなら各項目、1分程度でできるというところは、便利です。
巻末のリスト集も参考になります。
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「散歩しながら情報を反芻して、それからカードに書くこともある。そうした二番目のステップがないと、記憶にはしっかり定着しないんだ」
「ライフハック心理学」で取り上げた一節なのですが、最近読んだ記憶に関する本からの引用です。
この種の本は何冊か読んでいて、どこかで聞いた話が非常に多いのですが、類書ではいちばん面白かったです。ライターの力量によるものです。
つくづく読み物の面白さとは、鋭い切り口か、ネタの新規性か、どちらもなければ文章力に依存する、と思いました。
ほら、あの「アレ」は・・・なんだっけ? 私の記憶はどこ行った? | |
藤井 留美
講談社 2010-04-13 |