だいたい文章を書くときは、一文と一文のつなぎを考えたり、細かい言い回しを整えたり、句読点を付けたり取ったりしながら進めていきます。タイピング自体は遅くはないのですが、そうやって考えて進めているので、せいぜい1時間で書ける文章は2000字程度が平均でした。
あるとき、「細かいことはやいやい考えないで書こう」と、ふと思いました。きっかけは何だったのかは思い出せません。ともかく、これまでと違ったスタイルで書いてみようと思い立ったわけです。
そこで、面白い発見をしました。
魔法のような速度
そのときの執筆中では、脳の警報装置を切り、ただ思いつくままに文章を書き散らしていきました。文法的正しさ、適切な言い回し、リズムの良さについては一切無視です。とりあえず、考えたことをひたすらにタイプしていく。
するとどうでしょう。
ものすごい速度でエディタが埋まっていきます。これまでとは比較になりません。
開始前にタイマーをセットしておいたので、ふ~と一息ついたところで時間を確認しました。結果、42分で約4500文字。あともう少し続けていたら、1時間で6000字も可能だったでしょう。その速度で執筆しているという作家さんの話を聞いていて、「ほんとうかな」と12%ぐらい疑いの気持ちを持っていたのですが、十分可能だということがわかりました。
もちろん文章としてはまったく荒いので、手直しが必要なことはたしかですが、それでも1時間で2000字に比べれば、3倍の「生産性」です。だったら、常日頃からこうやって書き出して、後から手を入れるようにすれば、少なくとも2倍以上の進捗が得られるのではないか。そんな皮算用が浮かんできました。
そうです。まだタヌキはとっていなかったのです。
魔法ではなく湿布
集中して、時間の経つのも忘れるほどのめり込むことは、確かにあるのです。
そういう時には、仕事をしていても、思ったほど疲れない。充実感がある。それは確かにそうです。
しかし、それは疲れていないのではなくて、疲れによる苦痛を気力によって意識しなくて済むようになっているだけ、です。
つまり、あとでドッと疲れるのです。湿布で痛みをチラシながら、激しい運動をしているようなものです。
実際その執筆をしていたときは、完全に集中していて、今時間がどのくらい過ぎているのかまったくわからないほどでした。そして、ふーと一息ついたときには充実感に満ちあふれていたのです。よしよし、とすら思っていました。
しかし、そこから30分ほど経つと、急に疲れが出始めました。それはもう、ガクンという効果音がぴったりな急激な落ち込み具合です。日銀短観が悲観的でもここまで日経平均は落ち込まないだろう、ぐらいの急落下です。
結局その日は、それ以降いっさい文章が書きたくなくなりました。ライティングホリックに近い私としては珍しい現象です。ようは、魔法ではなく湿布だったのでしょう。
短期・長期でのガクン
私は前々から「一日で集中して執筆できる時間は4~5時間くらいである」という持論を持っていました。持論というよりも、実体験の積み重ねから得られた教訓が近いかもしれません。
もちろん、現実的に言えばそれ以上の時間を執筆に当てることはできます。が、次の日になると、「ガクン」がやってくるのです。結局二日分の作業を均してみると、とんとんかそれよりも悪い結果になってしまいます。
おそらく集中するときにつかう何かしらの要素があり、それが一日で回復する量に限りがあるのでしょう。つまり、時間をオーバーして作業するのは、次の日の分の「集中力」を前借りしているだけなのです。しかも、利子付きで。
脳のリミッターを外して時速6000文字を書いたときも同じで、朝一番にそれを行えば、次に執筆する気分になるのはおそらく夕方以降となり、その二回で終わりとなるでしょう。結局トータルでは1万字(手直しが必要なのでその分割り引いた)ほどで、時速2000字を4~5時間やっているのと変わりありません。
つまり、この鳥かごの中からはどうあがいても抜け出せないのでしょう。生身の人間が持つ集中力の限界です。
さいごに
逆に言えば、一日1万字程度の執筆ならば、毎日繰り返していけることが、私自身の体験から分かっています。あとは、それをベースに計画を立てれば、ずいぶん「現実的」なものになるでしょう。
また、私は複数の原稿をいくつも並行して書いているので、時速2000字を5セットのペース配分が良いですが、一つの作品だけに取りかかっているのなら、時速6000字を2セットというやり方も良いかもしれません。むしろ、他にすることがあるならば、その方が効率が良いと言えるでしょう。
こういうデータは、長期的かつ現実的な執筆を計画する上ではたいへん役立ちます。しかし、考えているだけなら、もっといろいろできる気がするのです。「1日、時速2000字の執筆を8時間。それを一ヶ月続けたら、完成するじゃないか」と。もちろん、執筆限界時間には個人差があるでしょうから、そういうことが可能な人もいるでしょうが、やってみて一日しか続かないなら、やっぱりそれは無理なのです。
というわけで、いささか残念に感じるかもしれませんが、「毎日執筆を続けていける量・時間」をきちんと把握しておくのがよいでしょう。そのためには、そうですね。実際に書き始めてみることが肝要です。
▼今週の一冊:
ロラン・バルトというフランスの批評家・哲学者の活動とその生涯が、ある種のいとおしさを持った手つきで描かれています。
彼が「小説の準備」へと向かった道のり、そして、そこで直面した大きな苦悩。それは一つの鏡となって、自分が言葉を扱う手つきに省察をもたらします。
» ロラン・バルト -言語を愛し恐れつづけた批評家 (中公新書)
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いろいろ並行して進めていたものが、いくつか一段落しました。でもって、新しく並行して起動させた企画もあります。どうやらここからしばらくは「並行仕事」を進めていく感じになりそうです。
▼倉下忠憲:
新しい時代に向けて「知的生産」を見つめ直す。R-style主宰。
» ズボラな僕がEvernoteで情報の片付け達人になった理由