スタンフォード大学でキャロル・ドゥエックとその共同研究者たちは、次のようなことを突き止めた。
頭を酷使したあと、活力は自動的に補充されると思っている人たちには、消耗するような経験をしたあとに自制心の低下が見られなかった。
それとは対照的に、骨の折れる経験をしたあとには活力が尽き果てると思っている人たちには、自制心の低下が見られ、エネルギー補給のための休息が必要だった。
マシュマロ・テスト:成功する子・しない子 ウォルター・ ミシェル 柴田 裕之 早川書房 2015-05-22
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マシュマロ・テストは有名になりましたが、その解釈は必ずしも一様ではありません。
たとえば、『意志力の科学』(インターシフト)を書いたロイ・バウマイスターなどは、マシュマロ・テストの結果を大いに参考にして「意志力」は有限であり、使い続けると、消耗し、枯渇するという論をかなりはっきりと展開しています。
にもかかわらず、マシュマロ・テストを行ったウォルター・ミッシェルはそのバウマイスターの「意志力消耗説」に懐疑的です。
バウマイスターは、たとえばおいしそうなケーキが並んでいるのに、それをガマンしてムリヤリ大根でも食べていると、その直後のテストを投げやりにやったりする、という実験結果を報告しています。
ここでバウマイスターが言いたいことは、要するにハンドグリップをにぎり続けていると疲れてしまって腕の力がなくなるように、「意志力」も使い続けると疲れて使い物にならなくなってしまう、というわけです。
これに対してウォルター・ミッシェルは、「疲労感」そのものを否定しているわけではありませんが、「意志力」が持続しなくなるのは動機づけが足りないからだ、と指摘します。
疲労感、つまり、努力を要する作業のせいで「消耗」したという感覚は、現実のものであり、けっして珍しくない。
とはいえ、十分に動機を与えられていれば、倦むことなくやり続けられることもわかっている。
ますます熱中していくことすらある。
恋愛中には、一日か一週間か一カ月くたくたになる経験をしたあとでさえ、どこだろうと最愛の人のもとに夢中で駆けつけられる。
人によっては、疲労感がテレビをつける合図ではなく、ジョギングでジムに行く合図となる。
『マシュマロ・テスト』
私はしかし、両者とも正しいと思います。両者は、同じ現象について、異なる視点に注意を向けているのです。
バウマイスターの「消耗」の考え方は、休息の必要性、エンジンが過熱したら冷却する必要について言っているわけです。
私たちはあいにく人間であって自動車ではありませんから、エンジン温度を客観的に計る方法もなければ、タコメーターもありません。
それでも、「意志力」をフル稼働させ続ければ、脳内のいずれかが過剰駆動させられた状態になるのはたぶん間違いなく、「燃え尽きる」ということは現実に起こりうることです。
ですから、脳がそういう状態に自らはまり込まないように、「過熱」してきたら「冷却」を求めるとしても不思議ではないでしょう。ケーキをガマンして大根を食べるから燃え尽きるのではなく、脳はふだんから、「限界に挑戦」しないように気をつけているはずです。
したがって、これと言った理由が見つからなければ、仕事をした意志力が休憩を求めるようになって、不思議ではありません。結論だけを言うなら、休憩を定期的に挟んだほうが、やる気はキープしやすいいうことです。
今これを読んだあなたは、ぜんぜん驚くような話ではなく、しごく凡庸な結論を聞いている感じがしているはずです。
ただ、このことを次のミッシェルの議論とあわせて検討することで、興味深いポイントが見えてくるのです。
厄介な課題を続けると消耗するよりむしろ元気になると思えば、意志の疲弊は防げるものだろうか?
答えはイエスだ。
努力を要する課題によって疲労困憊するのではなくむしろ活気づくのだと思わされた人は、そのあとの課題の成績が良くなる。
たとえば、自分の経験している情動を顔に出さないように、表情を抑えれば元気になると思い込ませておいた人は、ハンドグリップを握るという、のちの課題でより良い結果が出た。
あとの成績はその前の努力によって損なわれず、自我は消耗しなかった。
『マシュマロ・テスト』(太字は佐々木)
冒頭で「思い込みの効果」についてうんぬんしたときには、この引用が念頭にありました。
たしかに「過熱したエンジン」には「冷却」が必要です。しかしながら、今は急いでいるからまだ走り続けたい、という状況はあります。エンジン温度がすべてではないでしょう。過熱したエンジンはたちまち爆発する、というわけでもありません。
過熱気味のエンジンをさらに使い続けた方が良いかもしれないということです。そうすることが必要な仕事の状況は、いくらも考えられます。
まして私たちは「意志力活用の限度」を知っているわけではありません。もちろん、知らないからこそ慎重であるべきだというのが、通常の脳の態度ですし、たしかにその通りです。
しかし、まだまだぜんぜん限界ではないのに、やたらと休んでばかりいる、というのも少々困った話です。「本当に疲弊した」のか、それとも「仕事をするよりは休みたいというだけ」なのかを自分で判断するのは、そう簡単ではないということです。
だから「証拠」が必要なのです。どんなことを、いつ、どのくらいやり続けると、どのくらい「冷却」が必要になるのか?
もっと「エネルギーを投入」し続けると、より大きな成果が上がるのか?
それとも「やり過ぎ」なのか?
いつ、どんなタスクを、どのくらいの時間、継続したかという記録と、主観的に(タコメーターと温度計がないので)はどんな感じがしたのかと、そして成果のほどがどうであったか、などの記録です。
そういう記録を手に入れれば、やる気をキープするということが、ずっと容易になります。
こちらのメインは「タスクシュート・たすくまワークショップ」です。
ただ、記事に書いたような内容であっても、ご質問いただければ回答いたします。
「心理ハック」というセミナーも行っていますが、日程があわないという方は、こちらもご検討いただけたら幸いです。
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