『奇跡の仕事術』という本があります。
この本の初版は1995年11月で、読んでいたのは大学生の時でした。当時はまだ仕事もしていないくせに、こういった類の本が大好きで、「手帳の使い方」や「時間管理」など、いわゆる自己啓発に関するビジネス書ばかりを読み漁っていました。
この本には、今から12年近く前に書かれたとは思えないほど、今でも役に立つようなアイデアが豊富に紹介されています。
いくつか例を挙げてみます。
事務職の生産性の課題とは、人間の生産性の課題だ。それらをハードウェアで解決することはできない。人間の生産性にはソフトウェアによるアプローチが必要だ。
たとえば、ファイルシステムに問題がある場合、企業としてはどのように対処するだろうか。私が今まで見てきた企業のほとんどは、まず新しいファイルボックスやファイルキャビネットを買っていた。新しいファイルボックスにより自分たちのファイルシステムが向上すると思っているのだが、そのようなことは決してない。
これがソフトウェアの問題に対して、ハードウェアでアプローチするということだ。
「事務職」とは、今で言えば「ホワイトカラー」を指すものと考えられますが、その点を除けば、この文章はそのまま現在のビジネスシーンにも当てはまる主張と言えるでしょう。
今、沢山の人の未決箱の中には(あなたのでさえも)、受け取った時点では60秒以内で完了できたはずの仕事が幾つも入っている。しかし、今となっては未決箱に重なったそれらの仕事を60秒以内で完了させることはできない。
その理由は、ほとんどの場合、これらの仕事があなたにとってすでに古くなっているからだ。その仕事が来た時点では特に他の資料を見る必要はなかったのに、今や関係資料を参照しなければ分からなくなっている。今では60秒ではなく、5分や10分かかる仕事になってしまったのだ。
こちらも「未決箱の書類」を「受信トレイにある返信が必要なメール」と置き換えれば、事態はまったく変わっていないことに気づかされます。
これら以外にも、本質的な指摘が随所にあり、読み返すたびに心の中で「ガッテンガッテン!」とつぶやいてしまいます。
例えば「やる気」の考察。
「なぜできないか」という姿勢はほとんどの場合、自分の中の「小さな声」によって表現される。この「小さな声」は常に私たちに向かって話しかけている。ほら、今あなたに対して「小さな声? 馬鹿馬鹿しい。そんなものいるわけないじゃないか」と言っているのが「それ」である。
(中略)
ヤル気とは、その「小さな声」を無視し、新しいことをさせるプロセスである。「小さな声」は私たちの心の扉を閉鎖し、新しいアイディアを入れないようにする。できない理由の数々を私たちに突き付けることが彼の仕事だ。
また、あなたが向上したり、目的を持って進んでいくのを見たがらない。恐らく今耳もとで、「そんなことはない」と言っているだろう。
あるいは、「脳」についての見解。
体の全器官の中でも人間の脳については、現代の科学を以てしてもほとんど解明されていない。せいぜい、左脳と右脳の働きに関する学説が、絶え間なく続く新しい発見に基づいて更新されているだけだ。
現段階では、私達は脳の容量の10%についても分かっていない、という意見で一致している。一般的な科学的合意の基では、人間は脳の容量の90%以上をも使っていない。とすると、人間の脳についての学説は本質的に不完全であり、結局のところ、その学説を作り上げるのにも、脳の10%以下しか使っていないということになる。
ちなみに上記の文章のタイトルは「脳は記憶するためのものではない」でした。「脳はハードディスクではない」という最近の指摘と重なります。
この本の刊行から12年の歳月が流れようとしていますが、用語こそ変わっていますが、人間は本質的にはほとんど変わっていない、ということを思い知らされます。
どんなに鋭い指摘や優れた考察をしていたとしても、本である以上は不変です。更新されることなく、書かれた時点の状態をキープし続けます。それに対して、人は進歩することができます。
情報としては不変のはずなのに、読み返すたびに何か新しい発見があるのだとすれば、それは自分に何か変化が起きているからだと判断できます。理解できたと思いこんでいた内容が、実地に経験を積むことによって、間違いであることに気づかされたり、自分で編み出したと思いこんでいた方法論が実は昔読んだ本に書かれていることを再発見したり。
そう考えると、今回ご紹介した本に限らず、過去に自分が熱心に読んだ本というのは捨てずに取っておき、折に触れて読み返すようにすることは意義のあることではないか、と改めて思います。
変化している自分を強く認識できることで、前向きな気持ちになれるからです。そして、知らず知らずのうちに、あまり望ましくない習慣として根付いてしまっていたことについても、振り返るきっかけになるでしょう。さらには、新たな習慣をつくるためのヒントが得られる、ということもあるかもしれません。
そういう意味では、『奇跡の仕事術』は僕にとっては「仕事のバイブル」と言えそうです。