持ち物を100個に絞りこむとはどういうことか?

カテゴリー: 書評


ビジネス書は何でもそうですが、

・手引き書として読む
・興奮剤として読む

のいずれかの理由で読むことが多い、と思われているでしょう。しかし実は

・代理体験する

という目的で読むこともしばしばです。

これは小説、あるいは旅行記を読む場合に似ていると思います。モノに囲まれているアメリカ人が、どんどん持ち物を処分して、「100だけをもつルール」の中で生きることにしたらどんな気持ちになるかを、疑似体験するというわけです。

本を読める人間という生き物は便利です。これができなければすべては実地に経験するか、まったく経験できないかを選ばなければならなくなるでしょう。

まずはルール作り

持ち物を100個にするということになると、すぐしなければならないのは「ルールの設定」です。そもそも何を1個と数えるかを決めなければなりません。モノを厳密に1個1個数えるとしたら、100枚のコピー用紙を買っただけで他は全部捨てなければならなくなります。

私が興味を持ったのは「本」です。著者のようにモノを書くことができる人なら、絶対に100冊以上持っているでしょう。これをどういうルールにするのか。

本が自分に悪影響をおよぼしているとは思えないので、まとめて「本棚」1つ、として数えることにした。(p44)

おそらく妥当なところでしょう。それでも「かなりの読書家」と言っている著者である以上、本棚の数もそれなりになってしまうはずです。仮に10基あったとしたら、残り持てるのは90個となります。

未知との遭遇

どんな些細なことであってもそれまでと違うことを始めれば、何かしら思いよらぬ事態に見舞われるものです。持ち物を100個にするなどというドラスティックなことをやればなおのことです。

このことについて話すのは、正直とても恥ずかしい。特にむずかしかったのは、腕のいい木工職人になりたいという夢を捨てることだったと思う。だが、木工職人はモノではないので、一番つらかったのは「自分を職人にしてくれるかもしれない」木工道具の処分だった。(p68)

この辺を読むに至るまで、著者にはまったく「木工職人らしいところ」が出てこないので、非常に唐突な印象を受けました。本が捨てられないとか、U2の入ったiPodの話だとか、非常にわかりやすい事例ばかりだったのに、いきなり木工道具に話が飛んだのです。

つまり本人にも「やってみないとわからない」ことがたくさんあったわけです。著者は「とても恥ずかしい」というのですが、読んでも何が恥ずかしいのかよくわかりません。木工道具について、著者には非常に強いこだわりがあったのでしょう。でもそれは捨てるべきモノでしかなかったのです。

木工道具ではありませんが、私にも似たようなモノがいくつか思い当たります。罪悪感と恥ずかしさは、無駄に高価な買い物をして、一時的な情熱に見合うだけの時間を、所有物にまったく投入してこなかった事実に対する気持ちなのです。

「あきらめ」の境地

そのことを含めていつかどこかできっぱり決別した方がいいのかもしれません。「捨てる」時に直面する挑戦というか問題とは、とりあえずそのことです。モノを捨てるのは「象徴的な行為」(この言葉は好きではありませんが)です。iPadを捨てるなら、少なくとも捨ててしばらくは「こういうものには二度と手を出さない」と宣言するようなものです。

もっとわかりやすい例で言えば、タバコやアルコール類やチョコレートを捨てるなどの行為があります。著者は「アメリカの消費主義文化と決別」(この言葉が何度も何度も出てくるので、いやになって読むのをやめそうになりました)するために「100個チャレンジ」することにした。それがそもそもの発端だったわけです。

本書を読んでもっともためになるのは、モノの上手な捨て方でもなければ、「新しい豊かな生き方」でもなく、「私達には何でもやれる!」という幻惑がモノを通じてやってくる、その巧みさを思い知ることです。

デザインにしても価格設定にしてもあまりにもよくできているためつい、アクアリウムで心を癒すのも木工職人になるのも、モノを買って時間をつぎ込めば「なんにでもなれる」ように思ってしまうわけです。それでたくさんのモノを買う結果に至るわけです。

このことは知識や教養についても当てはまると個人的には思えます。だから私には先に引用した一節が、自己欺瞞としか思えなかったのです。

本が自分に悪影響をおよぼしているとは思えないので、まとめて「本棚」1つ、として数えることにした。(p44)

「本が自分に悪影響をおよぼしているとは思えない」とひどく簡単に断言しているところに、違和感があります。しかし書籍をのぞけば、著者は私などよりかなり先を行っています。

私達には何もかも知れるわけでも、何でもできるようになるわけでもない。このことに早くそして深く気がつくことが大事だと、本書は教えてくれます。

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