デジタルノートは知識を育てるのに向いている



以前書いたように、デジタルツールでは情報を大量に扱えます。

さらに言えば、そのような大量の情報を、小さくノートに「分冊」するのではなく、「一冊」に(一つの端末に)まとめることができます。もっと言えば、それはデータとして保存されるので、端末の移動が可能になり、つまりは「一アカウント」にまとめられるのです。

大量の情報を、長期的に扱っていけるようになる。それがデジタルノートツールの一番の特徴でしょう。

その特徴は、「知識」を扱う上で活きてきます。

知識は成長する

知識は増えます。

最初は小さいところからスタートするにせよ、知識を求め続けるならその数は増えていきます。そのとき、ノート一冊でそのすべてに対応できるでしょうか。なかなか難しいでしょう。

もちろん、テーマごとに分冊していけば保存そのものは可能でしょうが、その場合は全体を捉える視点が失われます。知識の全体を手中に収めようと思えば、一つにまとまっている「ノート」の方が利便性は高いのです。

知識は変化する

知識は変化します。

最初に記述された形が、そのままずっと続くわけではありません。単純に記述が増えることもありますし、間違いが確認されて書き変わることもあります。変化していくのです。

その点、デジタルの編集容易性は便利です。いくらでも後から記述や構造を変化できるので、知識の変化に対応させられるのです。

知識は接続する

知識はつながります。

これも変化の一バージョンではありますが、ある知識と別の知識が関係していることを、事後的に発見することがあるのです。あるいは、そうした発見を「アイデア」と呼ぶこともあります。

なんであれ、単独で存在している知識はありませんし、そのような状態にある知識はひどく脆いものです。成長もせず、変化もしません。逆に、知識はつながっているからこそ変化していきます。

その点、デジタルで使える(ハイパー)リンクは、見事にそのつながりを表現できます。文章で表現される知識は、一方向の流れしか表現できませんが、リンクを使えばその流れを多方向に分岐させられます。

知のネットワークを、そのままに近い形で表現できるのはデジタルツールの得難い魅力でしょう。

知識は広がる

知識はひろがります。

自分で獲得した知識は、他者にも有用に利用されます。そもそも、自分の知識の獲得は、概ね他者の知識の開示を通して行われます。そうして自ら獲得した知識もまた、別の他者へと還元されていくのです。

その点、デジタルノートは情報を容易に他者に流通させられます。たとえばコピペやメールなどの「送信」によって、あるいはファイルの「共有」によって、はたまたブログや電子出版などの出版(公開)によって。どの方法を使うのが良いのかは、場面場面で変わってきますが、従来よりも圧倒的に手軽に情報を「ひろげられる」点は、デジタルツールの白眉でしょう。

知識が、「他の人に使われてこそ」という性質を持っているがゆえに、他の人に広げられるデジタルツールは強力なのです。

さいごに

このように、デジタルノートツールは「知識」を扱うのに適した性質を持っています。その点にフォーカスした、PKM(Personal Knowledge Management)という分野の研究も、昨今盛んになっています。個人的にそのネーミングは実体を捉え損なえかねないとは感じているのですが、それでも「デジタルノート+知識の開発」という観点は非常に興味深いものですし、今後の発展を期待したい分野でもあります。

一方で、振り返ってみたいのが梅棹忠夫の『知的生産の技術』です。彼は上記のようなことを「情報カード」というアナログツールを用いて実践していました。何も「デジタルツールが必須」というわけではないのです。アナログツールであっても、知識を扱う上での要件を踏まえているならば、その実践は可能となります。

むしろ私たちは、その要件こそを最初に確認しておくべきでしょう。実践は必ずツールを通して行われるので、ツールの理解も肝要ですが、最初に「知識を扱う上での原理」を確認しておかないと、ツールの機能に振り回されることが起こりかねません。

だからこそ、あらためて梅棹の考えや、それに似たニクラス・ルーマンの手法を確認しておきたいところです。

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▼編集後記:





あっという間に10月も後半ですね。急激に寒くなって、慌てて部屋の冬支度を進めております。


▼倉下忠憲:
新しい時代に向けて「知的生産」を見つめ直す。R-style主宰。メルマガ毎週月曜配信中

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