「フルコースのディナー」なのに「暖簾」という時点で、違和感はありました。でも、その違和感の先で待ち受けていたのは「そういえばすべてはここから始まったのだった」という既視感だったのです。
「弱者の戦略」という言葉を目にして、即座に僕は「あぁ、ランチェスターの法則だね」と早合点していたのです。くり返し読み込んでいる以下の本の影響です。
同じ著者による同名の『弱者の戦略』(経済界)もあります。
いずれの本も、「自分にとっての戦うべき場所」を見極めたうえで、この場所のみで戦い、それ以外の場所には決して出ていかないようにするというスタイル、すなわち「弱者の戦略」について書かれています。
そして、その根本にあるのが「ランチェスターの法則」です。
今回ご紹介する『弱者の戦略』(新潮社)は、この「ランチェスターの法則」を含む、より広範な「弱者の戦略」を豊富な事例とともに紹介しています。
その事例一つひとつが、「誰もがよく知る、おなじみのあの人が、実はこんなに緻密な計算に基づいた戦略で戦っていたのか!」といちいち感嘆させられるものばかりなのです。
主役は人ではなく生物
てっきり「ランチェスターの法則」の話かと思って読み始めたら、実は人間界の話ではなく、生物界の話でした。
例えば、ナマケモノ。
「ひたすら動かずにじっとしている、地味でのんきで見どころない動物」という認識でいました。それが、本書を読んでその知られざる戦略に触れて驚愕。
ざっくりまとめると以下の通りです。
ナマケモノの特徴
- 南米のジャングルに生息
- 一日24時間のうち20時間以上は眠っている
- 動くスピードはゆっくり(100メートル移動するのに1時間かかる)
- あまりにも動かないので体にコケが生える
ナマケモノの天敵であるジャガー(肉食獣)の特徴
- 足が速い
- 泳ぐのも得意
- 木も登れる
このように機動力抜群のジャガーを相手に、南米のジャングルにおいてナマケモノの逃げ場はないのです。
では、どうするか?
ナマケモノの生存戦略
- 徹底的に動かない
- 毒のある木の葉をエサにする
- 外気温に合わせて体温を変化させる
肉食動物であるジャガーは動体視力には優れる(動くものは目ざとく見つける)ものの、木の葉の茂った中にいる動かない動物を見つけるのは得意ではないので、実は「動かない」ほうが有利なのです。
しかも、体に生えたコケが茂みの中に身を隠すうえでは好都合。
また、毒のある葉をエサにすることで、他の動物とエサを巡る競争をせずに済むうえに、ほとんど移動しないので食べる量もわずかですみます。
さらに、基礎代謝によるエネルギーの消耗を防ぐために、「体温を維持する」代わりに外気温に合わせて体温を変化させることで、ここでも省エネを実現しています。
置かれた環境の中で確実に生き残るために、自分の身体を徹底的に“改造”して、がんばらなくても暮らせるように最適化しているわけです。
ほかにも、あえて寿命を短くすることで天寿を全うする確率を引き上げ、種の保存に成功しているカゲロウや、あえて毒性をソフトにすることで、捕食されてもその毒に対抗できるような進化を捕食者に起こさせないようにするタンニンなど、実に巧妙な戦略が次々と登場し、その巧みな“処世術”には唸らされるばかりです。
目指すところは「誰にも負けない」ではなく「誰にもできない」
本書は生物界が舞台ですが、その中のごく一部である人間界における「ランチェスター戦略」についても言及があります。
ところで、ランチェスター戦略では、強者とは市場占有率第一位を指している。そして、第一位以外の者は、すべて「弱者」と定義されている。つまり、ナンバー2もまた、弱者なのである。
そんなバカな、と思うかも知れないが、これはナンバー1しか生きられないという自然界のしくみとも良く合っている。
ナンバー1しか生き残れない。しかしナンバー1になるチャンスは無数にある。
そしてナンバー1の条件は「誰にも負けない」ことではなく、「誰にもできない」ことなのである。
ナマケモノの戦略は「対ジャガー」という一面的なものであり、言ってみれば死角だらけです。ジャガーからは身を守ることはできても、それ以外の敵が現れればたちまち攻略されてしまうかもしれません。
そういう意味では「無敵」を目指すものではなく、自分にできる限りの範囲においてオンリーワンになれるところを目指すことになります。
従って、まずもって重要なことは「戦う場所」を間違えないことです。
- しなければならない努力は続かない
- 欲しいものを手に入れるための努力はやめられない
- そのような「場所」は、どうやれば見つかるか
そのうえで、その場所で「自分にできること」に集中します。
自分にできること、自分にしかできないこと、自分が没頭できることを見つけて、これに打ち込むことができた人が「できる人」、すなわち抜きん出た人になる可能性が高いわけです。
まとめ
本書そのものは、様々な生物の生存戦略がひたすら紹介されているだけの内容です。ですが、その行間には「ここから何を学びとるべきか」あるいは「真似るとしたらどこを真似るか」といった、生き残るためのヒントが詰まっています。
探索範囲を人間界に限ることなく、その周縁にある生物界に広げるわけです。
すでに強者がうじゃうじゃいる競争社会において、
- 自分が食い込む余地をいかに見つけ出すか?
- 自分の中のどの部分を武器に戦えばいいか?
- あるいは戦いを避けるためにどんな工夫をすればいいか?
といったことを考えるうえでは打ってつけの一冊と言えるでしょう。