たとえば、これから一年のことにフォーカスして、いちばんやりたいことを3つ(5つでもいい)にしぼったリストをつくり、それをポケットに入れてもち歩く。
(中略)
このポケットリストは、毎朝、たとえば Mac や PC の大きな画面とキーボードを使って一日の段どりを組み立てるとき、たとえばキーボードのとなりに置いて、何をやって何をやらないのか、判断に迷ったときのものさしとして使う。
自分の文脈に寄せて解釈すると以下のようになる(こういう、仕様書みたいな書き方をすると実行が捗る)。
- 追いかけるテーマを常に3つに限定する
- 新しいアイデアを思いついたとき、以下を検討する
- そのアイデアをこの3つのどれかに組み込めるか?
- そのアイデアを使って3つをひとつにまとめられないか?
- そのアイデアを使って2つに減らせないか?
- いずれもNGの場合
- 既存の3つのテーマのうち1つを外す
- 外したテーマを「未来」に放り込む
- 新しいアイデアが放り込まれることもある(=既存の3つのテーマを引き続き追いかける)
- 新しいアイデアを思いついたとき、以下を検討する
これによって何が実現するか?
現状分析
やりたいこと、やるべきことが無限に湧いてくる現状では、どんなに優れたツールを導入しても、そしてそのツールのポテンシャルを最大限に引き出せたとしても、やりきれない。
やりたいことややるべきことを「テーマ」と呼ぶことにする。
同時に追いかけるテーマの数が増えると、当然一つひとつのテーマにかけられる時間も注意も情熱も薄くなる。
結果、どのテーマもいっこうに進捗せず、「毎日朝から晩までいろいろやっているのに!」と焦ることになる。
「いろいろやっている」限りは、進捗は見込めないので、絞り込むしかない。
すでに「絞り込むしかない」という知識は持っていたが、よくよく考えるとこの知識を本気で使ったことはなかったかもしれない。
もちろん、締め切りの迫ったテーマがあれば、おのずとそのテーマに集中することになるため、客観的には「絞り込む」動きはできていた。
とはいえ、当人としては「絞り込む」という積極的かつ能動的な姿勢ではなく、「ほかのテーマをほったらかしにしている」という罪悪感や焦燥感を抱えながら、消極的かつ受動的な姿勢でやむを得ずそれに取り組んでいるという認識が強い。
それが「常に3つに限定する」という恣意的ながらも明確なルールを導入することで、実にたやすく「絞り込む」ができるようになる。
常に3つに限定する効用
「常に3つに限定する」ことによって、途端に「いろいろやる」ことが難しくなることに気づく。
これは3ポートしかないモバイルバッテリーのようなもの。
3ポートとも塞がっている状態で、新しいデバイスの充電をしたければ、3つのうちどれかの充電をやめる必要がある。
4つ目に手を出したければ、現在進行中の3つのどれかを休止するしかない。
ところで、冒頭の記事で興味深く感じたのが以下のくだり。
まずは、新しくかきとめたアイディアを、他の3つと合わせてながめる。どれかとひとつにできないか。あるいは、このアイディアをつかって3つをひとつにまとめたり、2つに減らしたりできないか。
思いつくのは必ずしも「やること」とは限らない。
その手前にある「アイディア」つまり文字通りの「思いつき」であれば、書かれているとおり「このアイディアをつかって3つをひとつにまとめたり、2つに減らしたり」という操作を通じて、空き“ポート”を作ることができる。
それぞれ別に走らせていたAとBというテーマが、新たに思いついたDというアイディアによって1つに統合できれば、新しいテーマを走らせるための空きができる。
とはいえ、この「3つ」という単位は厳密なものではないので、自分の中である程度のサイズ感を決めておく必要はありそう。
例えば、
- 健康に暮らす
- お金を稼ぐ
- 運動する
のような、ざっくりとしたテーマを設定したら「何でもあり」になってしまい、これまで通り「いろいろやってしまう」未来しか見えない。
そこそこ具体的で、少なくとも一週間、長くても数ヶ月程度の時間を要するものが適当なのだと思う。
例えば、期限つきの「数値目標」、あるいは具体的な行動を思いつきやすい「アイディア」を設定する。
- 健康に暮らす → 9月の健康診断までに体重を●●Kgに落とす(数値目標)
- お金を稼ぐ → サービスメニューを見直す(アイディア)
ちなみに、このタイミングで「健康に暮らす」と「運動する」が「9月の健康診断までに体重を●●Kgに落とす」に統合できた。
なるほど。
ということは、必ずしも最初から「これだ!」と思えるテーマを3つ書き出せなくてもいいのかもしれない。
とにかく思いつくままに3つ書き出し、それぞれについて自分でツッコミをいれながら詳細化していく。
こういうときのツッコミには2つの方向性がある。
- 「健康に暮ら」したいのはどうして? 最近何かきっかけがあった?(過去にフォーカス)
- 「健康に暮ら」すことで、その先に何が得られそう?(未来にフォーカス)
過去と未来の両方に目を向けることで、その間に立っている現在の自分を再認識できる。
ちなみに、このように2つの方向性から自問する方法は14年前にITmediaで書いた以下の記事で紹介している。
「ドシテ君」は、その名の通り「どうして?」という問いを投げかけ続けます。何を言っても「どうして?」しか返してこない男の子を想像してみてください。1つ答えても、その答えに対してさらに「どうして?」とかぶせてくるため、自然と自分の根源に迫っていくことができます。言い換えれば「そもそも自分は何をしたかったのか?」という過去に注意の“カーソル”が向かうのです。
一方「ソレデちゃん」の方は、「それで?」と問い続ける女の子です。“彼女”は、常に「その先」を知りたがります。問われるままに「その先」を答えていくことによって、「そして自分はこれから何をしたいのか?」という未来に思いが及ぶことでしょう。
現在の自分を再認識できたら、改めて以下の問いに向き合う。
- 「健康に暮らす」にはまず何をすればいい?(現在にフォーカス)
過去と未来の両方を踏まえた形で、より地に足の着いたテーマを設定できるはず。
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最近私が意識してるのは、タスクを出発点にするのではなく、むしろタスクを「成果物」だと見ることです。たとえば、何かしらの考えを文章で書いてみる。そうして書いてみた結果として、「じゃあ、これをやろう」というタスクが立ち上がる。それをタスクとして書き留める。こういう流れです。