複雑な計算問題があっても計算用紙があれば、単純な手続きに変えることができます。計算用紙は私たちの脳にまかない切れない「記憶の負荷」から開放してくれる仕組みなのですね。それでは、ナレッジワーカーがデスクワークで利用する「計算用紙」は何でしょう?
複数の情報や検討すべきポイントを頭の中でお手玉の要領でめぐらせながら仕事をするのは、お手玉の数が少なければ問題ありませんが、数が数個以上になったり、あるポイントが別のポイントと対立していたりすると、途端に難しくなります。
こんな時に、お手玉の場所を Evernote のような外部に移すだけで、急に扱えるお手玉の数が増えて、それまでは不可能だった複雑な思考ができるようになります。一度コツがつかめると頭がよくなったような効果があるので作業が楽しくなってきます。
Evernote が便利なのはウェブのクリッピングだけではありません。Evernote が記憶のシステムであることを意識すると、このようにデスクワークの「計算用紙」としても活用できるようになります。
本連載も話題が一巡した気がしますので、さらに上級者向けのテクニックに向けてステップアップしていきましょう。今回は以前触れた「仕事のワークベンチ」としての Evernote for iPad の話題をより具体化して、Evernote を使った仕事における計算用紙の作り方について触れたいと思います。
舞台の準備
Evernote にはリッチテキストを編集する機能がありますので、強調フォントと区切り線を利用して、いくつかの思考の舞台を作っておきます。たとえば私の場合、研究にまつわる作業手順、資料、確認すべき注意点などを同時に考えるのは面倒ですので、それぞれを独立の場所として用意しておきます。
準備しておくとよい舞台は仕事によって異なりますが、「思いつくままに書き込んでゆく場所」と「情報を整理する場所」を分けておくと便利です。たとえば:
- 前提条件や境界条件の場所:仕事で満たすべき条件や守るべきポイントを列挙しておきます。たとえば締切り、予算などといった条件があるならここに書いておきます
- ブレインストーミングの場所:「こうしたことをやってもいいのではないか?」「こうしたことを調べておいたほうがいいのでは?」といった思いつきを自由に書き付ける場所は特別に設けておきます。
- 資料置き場:プレゼンで利用する予定の画像やファイルの断片など、あとで利用する予定があるファイルを置く場所を作っておきます。
Evernote の中で考える
舞台がととのったら、普通に仕事の作業をしていきますが、ここでひとつだけ頭のチャンネルを切り替えましょう。「頭の中で考えて結論を出す」という習慣をいったんやめて、Evernote のなかに考えを次々と書き込んでいきます。
考えの中には「やるべきこと」「気になること」も多数含まれるでしょうから、それらにはチェックボックスを割り当てます。
また、重要なキーワードやフレーズにはカラーをつけておき、他の部分に比べて先に眼に入るようにしておきます。
実際にやってみると、思考がノートのなかに保存されるだけでなく、「ここが重要」と考えるまでもなく重要な部分が太字やカラーで飛び込んできますので、あとで考え事を振り返るときの頭脳にかかる負担が大幅に軽くなっているのがわかると思います。
頭の中で「A → B → …?」と筋道がいつの間にか失われがちだった人は、思考の道筋が全部目の前にありますので「「A → B → C → D」と自分の考えが論理立てて辿れることに快感を覚えるかもしれません。
アウトプットを行う
Evernote のなかでおこなった作業はいずれ書類なり、プレゼンなりの形でそとにアウトプットされていきます。
ここでもブレインストーミングしていた文章や、集めた画像をそのまま利用できますので作業効率が高まります。
「計算用紙」を整理しながら美しく書く人はほとんどいません。それは途中経過であることがわかっていますので、自由奔放に利用されたうえで捨てられることが前提で書かれています。
Evernote を「思考の計算用紙」にする場合も同じです。また、こうした「本番ではない」という間隔が書類や原稿を書くときに気軽にはじめるきっかけになりますので、完璧主義でなかなか仕事にとりかかれないという悩みをもっている人は、こうしたちょうどよい自由さと整理がされている Evernote のノートを作るのが助けになるかもしれません。
思考を脳に頼り切ってませんか?
なにを馬鹿なことを、と思われるかもしれませんが、思考を上手に行なっている人は「脳の外」にあるものを上手に利用することで思考力を高めています。
話が上手で理解力が高い人には「比喩」「アナロジー」によって語ったり、複雑な状況を「モデル化」して話をまとめることができる人が多いですが、これもひとつの「外部化」です。頭で複雑な抽象的な思考を無理にするのではなく、問題のない範囲で別のものにおきかえているわけです。
「Evernote のなかで考える」のも、ひとつの置き換えだと言えます。脳の記憶から Evernote の記憶にいったん預けることで、問題を簡単化してスムーズに実行出来るようにしているわけです。
Evernote がさらに「記憶のデバイス」として進化していけば、もっともっとこうした「脳の置き換え」が進むのかもしれませんね。
今週の本
『超訳 ニーチェの言葉』という本が売れていると聞いて、青春時代をニーチェ全集を読みながら陰鬱に過ごしていた私などは信じられない気持ちです。ニヒリスティックな時代だからこそ、ニーチェの言葉は彼の時代から時を飛び越えて現代に共鳴するのでしょうか? …いやはやしかし…。
わたしは『ニーチェの言葉』は読んでいませんが、『ツァラトゥストラ』や『曙光』といった本の、一見不遜で、孤独で、誰にも理解できまいという頑強さの中に、どうにかして理解されたいと願う一人の人間の姿を見るのが好きでした。
ニーチェは「何か良いことを言ってる哲学者」だから読まれるべき人ではないのではないかと私は感じています。むしろ、凡人には不可能な道を歩んだあの生き様を読んで自分を「火傷」させることによって、私は強められる気がします。
What does not kill me, makes me stronger. (『偶像の黄昏』より)
超訳であれ、原書であれ、あえて火傷をして強くなりたいというかたは、ぜひ。
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9月10日に、『モレスキン「伝説のノート」活用術』が出版されます。モレスキン手帳だけで一冊の本がかけるのかと最初は思っていましたが、書店で手にしてみていただければわかるとおり、とてもボリュームのある本に仕上がりました。
書店で見かけた方は、ぜひ扉絵だけでも御覧ください!
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