「いつも本気モード」でも「疲れない人」になれる「グッドバイブス」の考え方

カテゴリー: グッドバイブス



いつも本気モード?!

とんでもない!!

本気で仕事だの家事だのをやっていたら、すぐに息切れしてしまうし、時間がいくらあっても足りはしない!

どうやって時短するか、省力化するか。それを実現するのが仕事術だろう?

エネルギーコストをなるべく少なくして、それでも必要最低限の質を維持して、なるべく多くの生産性を高めるのが仕事術だろう?

そう思っていますでしょうか?

私も完全にそう思っていました。

これまで、仕事に必要なエネルギーをギリギリまで節約し、それでもなるべく質や速度を落とすことなく、50何冊かのビジネス書を書いて、生きてきました。

なぜならそうしないと、とても生きていけない。
ヘタをすれば死んでしまう!(大げさ)

生まれつきからだが大きくて丈夫な人なら良いけれど、自分はヘタレで虚弱体質なのです。

それでもこの過酷な競争社会で、人並みに仕事をできるようにしてくれたのが、仕事術であり、タスクシュートでした。

そういう人とは、たとえ仲良くなれたとしても、その考え方には決して染まらないように気をつけてきました

できるひとは、そうすればいい。
でも自分には、できないのだ!
それをやったら、死ぬしかないのだ。
そう本気で信じていたのです。

そんな私にとって、とても不思議な出来事が起こります。
2018年夏のことです。

「物事に本気で取り組む」

私が決して信じてはいけない血迷った考え方であったはずの「物事に本気で取り組む」という発想を受け入れてしまったのです。

倉園佳三さんが、本やブログ記事にこんなことを書いていたからです。

本来、最強かつ最速であったはずの自分を取り戻す

私はそれ以前にも、倉園さんのことを存じ上げていました。

強い敬意も持っていました。

ただ、根本的に大きく異なるところがあるとも感じていました。

こういうとき、私はいつも同じ対応を取るのでした。

それはそれ、これはこれ。
私は私。彼は彼。

もっと言えば、
「私は虚弱」「彼は強靱」

そうです。これです。

だからそれでいいのです。倉園さんは「最強かつ最速」であっても、「佐々木は虚弱かつ低速」で良いのです。

私はそういうふうに生きてきたのです。

しかしどうしてもそれがうまく収まらないのです。

私は倉園佳三さんという人をそれまで「知っているつもりで」いたのです。

彼は音楽、ギター、GTD、iPadが好きな人でした。

弱々しくは見えなかったけれど、決して「強靱」「最強」というような印象を持っていなかったのです。

その頃ライフハックや仕事術の世界では、筋トレをしたりフルマラソンを完走したり、何しろ「生産性とマッチョ」の時代でした。

倉園さんは、ひ弱には見えなかったけれど、そういった「体育会系的強靱さ」とは全然違うように感じられたのです。

だからこそ、私と似て、

低燃費と省力化で乗り切るライフハック

を好んでいるようにも思えたのです。

本来、最強かつ最速であったはずの自分を取り戻す

これはどういう意味なのだろう?
そもそも仕事術で目指しているのは

将来、最強最速の自分になる

なのです。筋トレやマラソンで「鍛える」先にはそれがあるのです。

本来、最強であったはずの自分を取り戻す

というのはおかしいのです。

これはどうしても倉園さんに直接お話を聞かなければいけない。

そう思いました。

そうでないと、延々とこの不可解な謎で頭が混乱したままにされてしまう。

そうして会いました。
会ってお話をしました。
それで確信したのです。

私も「本来最強最速であったはずの自分」を取り戻そう、と。

本気を出す、とはどういうことか

そうして1年半が経過し、気づいてみると私は「最速の自分」を「取り戻し」つつあります。

どうしてそれがわかるのか?

ご存じの人もある通り、私は「タスクシュート」というツールを使って自分が1分以上かけた行動のすべての記録を残す。

という酔狂な作業を飽きもせずやっています。
10年くらいやっているのです。

だから私にはわかるのですが、これまでこれ以上はとても早くできないと信じていた作業も、軽々と更新できてしまう。

しかも質は決して落ちていない。

疲労感もなぜか増さない。

たとえばここ1年で私は慢性的に痛かった右腰の痛みが消え、左肩の痛みはすっかりなくなりました。
仕事量は増えているにもかかわらず。

月に3回は通っていた整体師のところにも、いまは月に1度行く程度、です。

すべての仕事も家事も子供の相手も「本気モード」で24時間過ごしているにもかかわらず。

タスクシュートをご存じの人ならわかると思いますが、私は一日を複数の時間帯に分けて管理しています。「セクション」というものです。

こういった具合です。せいぜいが2〜3時間の「セクション」は、どれもパンパンでした。

私はまず仕事を落とさないことが密かな自慢ではありましたが、時間に余裕があったわけではありません。

ところがグッドバイブスを知った夏以来、セクションに時間の空きが出てきて、いまではすべてのセクションに時間的余裕が生まれるのです。

しかもやったことは増えているのです。それは記録からも明らかです。

どうしてこれが可能になるのか、あやしくない言い方でお伝えするのがなかなかうまくできずとてももどかしい。

というグッドバイブスをもじった音声配信を平日日刊でやっています。

これはほぼ20分の内容をしゃべってネット配信しているだけのものですが、私はこれに、しゃべっているきっかり20分しかかけていません。

事前準備ゼロ秒。

メモもなければアウトラインなど一切なく、朝、いきなり話し始めて、話し始めてから内容を考え、そのまま最後まで話しきります。

編集もカットもしたことがありません。

それでも私はこのコンテンツには自信を持っています。少なくともいままで書いたどの原稿と比べても遜色はないはずです。

これが本気を出すということです。

先のことを不安に思ったり、言いよどみを恐れて余計な準備をしたりするのを「考えつきもしない状態」で進めていくこと以上に、良いやり方は一切ないです。

グッドバイブスは私にオリジナリティはまったくなく、倉園さんの考えを私なりに理解して発信しているだけなのですから、私の脳内にたいしたものはないはずです。

それでもこんなことがやれるのです。

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