楽しさの方は、「クリエイティブ」は誰にでも開かれた活動であるという点において、残酷な方は、成功は才能だけでは手にできないという点においてです。
この二つを総合すると、しっかり準備しないとけない、という結論に至ります。
創造曲線
ポイントは、創造曲線です。そのことは、『The Creative Curve: How to Develop the Right Idea, at the Right Time』という原題がはっきり示しています。
※The Creative Curve:創造曲線
では、創造曲線とは何か。簡単に言えば、馴染み深さと好感度の関係を描くベル型カーブのグラフのことです。
(本書p.39の図版を参考に作成)
まったく新しいもの(≒馴染みがないもの)は、受信者にとって受け入れがたいものになります。新奇性が強すぎて、受容できないのです。その状態では、好感度は上がりません。
しかし、少しずつそうしたものが目に触れるようになってくると、馴染みが生まれ、好感度が上昇していきます。好ましい変化です。
とは言え、馴染みが深くなりすぎれば、今度は飽きがやってきます。そして、馴染みの進行につれて、好感度は下がっていきます。
これが創造曲線です。
クリエイティブとは
仮に、創造曲線が正しいのだとすれば、制作者がやるべきことは、世の中がまったく馴染んでないような斬新なものを打ち出すことではなく、すでに馴染み始めている領域において、これまでとは少し違った新しさを持つものを作り出すことだと言えます。
むしろ、そのようなものを生み出す能力のことを本書では「クリエイティブ」と定義し、それに迫るアプローチを提示してくれています。
なにしろ、どれだけ斬新なものを提示できたとしても、世間がその価値を認めなければ、その行為が「クリエイティブ」だと評価されることはないわけですから、この考え方には一定の理はあるでしょう。
本書の副題にある「the Right Idea, at the Right Time」にもそれが含意されています。正しいアイデアというのは、正しいタイミングに投下されたアイデアのことなのです。
四つの法則
では、どうすればこの創造曲線を掴まえられるでしょうか。その方法も本書では開示されています。
- 第一の法則:大量消費
- 第二の法則:模倣
- 第三の法則:クリエイティブ・コミュニティ
- 第四の法則:反復
この四つの法則のうち、第三を除く法則は、取り立てて珍しいものではありません。大量のインプット、模倣による訓練、そして反復的な実践と洗練。
これらにより、何かを制作する力がついていく、というのは新発見ではないでしょう。本書の面白いところは、なぜそれが有効なのかを、創造曲線の観点から説明している点です。
しかし、それ以上に重要なのが、残された第三の法則「クリエイティブ・コミュニティ」です。
何かをクリエートする作業を、個人の才覚だけに依る行為であり、ひとりぼっちで行うものだと考えすぎると、チームという発想が棄却されてしまいます。言い換えれば、チームの重要性が理解されません。しかし、人は、人との交わりの中で思考を動かしていきます。思索は、情報のインプットによって刺激され、新しいものを生み出していきます。
たったひとりで何かを「考えつく」ことなどは稀で、それができたとしても、結果は貧相なものになるでしょう。多くの制作者が、他者からの刺激を受けて発想していますし、それ以上のことも行っています。
本書が提示するのは4つのタイプの人々とのつながりです。
- 一流の教師
- 相補的なパートナー
- 創作の女神
- 卓越したプロモーター
こうした人たちとの交流の中で、自分のスキルを向上させていくことの重要性・必要性が本書では説かれています。私も大切なことだと感じます。
何かをクリエーションする行為は、その真っ最中は孤独な作業なのかもしれませんが、その周辺までも孤独に行う必要はありません。
むしろ、何からの形で他者から学び、刺激を受け、広めてもらうことを受け入れた方が、よりよい「クリエイティブ」に近づけるようになります。
この辺りの話は、『POWERS OF TWO 二人で一人の天才』や『知ってるつもり――無知の科学』も合わせて参考になるでしょう。
さいごに
こうしたことを意識し、実践していけば「クリエイティブ」が得られる、というのが本書の主題の一つです。
つまり、本書で言うクリエイティブとは、才能と呼ばれる遺伝子のきらめきではなく、一定の訓練や環境化において発芽する一種のスキル、というわけです。
この点こそが、本書の楽しさであり、希望を感じる要素であると共に、残酷な点でもあります。もし、才能によってクリエイティブが作られるなら、何の努力もなく、また他者との交流もなしに偉大な作品を生み出せることになります。でも、そうではないのです。長い時間を要する訓練と環境作りが必要なのです。
しかも、どのような訓練でもいいわけではありません。「1万時間の法則」は有名ですが、『究極の鍛錬』の中で、どんな練習でもいいわけではないことが明らかにされていますし、本書でも似た話が展開されています。ガムシャラに何かを続けているだけでは十分ではない、ということです。これは残酷と言って差し支えないでしょう。
本書が言う「クリエイティブ」は万人には開かれていても、誰しもが必ずそこに到達できるわけではありません。後は、自分がその道を選んでいくかどうかの判断です。
▼参考文献:
さまざまな「天才」が実は、相方となるパートナーとの相互作用で、その才覚を発揮していた、というたくさんの事例を紹介してくれる本です。その点をさらに掘り下げると、本書の「クリエイティブ・コミュニティ」に接続されます。
人間の特徴は、他人の知識をまるで自分の知識であるかのように扱える点だ、という面白い見方を提示してくれる本です。そう考えると、他人と知識をやりとりしていくことの重要さも見えてきます。
なんでもいいから1万時間実践すれば一人前になれる、という大雑把な話ではなく、どのような訓練が人の能力を極めて高い位置まで引っ張れるのか、という具体的な話が展開されています。
▼倉下忠憲:
新しい時代に向けて「知的生産」を見つめ直す。R-style主宰。メルマガ毎週月曜配信中。