ヘンゼルとグレーテルがパン(あるいは小石)を道に落としたのもメモですし、アリアドネの助言を受けてテーセウスが迷宮の入り口に糸を結びつけたのもメモです。筆算するときに途中経過を書くのも、道案内をするときに地図を描くのも、買い物に行く前に必要品をリストアップするのも、すべてメモです。
情報や思念を扱えるように(operationalに)するためには、記録に変換することが必要で、そのもっとも簡易で汎用的な手法がメモです。情報の記録化。思念の定着化。
その効能はあらゆる領域に及び、もちろん思索を深めていく知的生活においても活躍してくれます。むしろ必須と言えるでしょう。
そこで今回から三回に分けて、メモについて書いていきます。第一回はメモの要点とも言える「とにメモ」生活です。
「とにメモ」の三要素
「とにメモ」とは、とにかくメモするの略です。
- 対象はどうあれメモする
- 手段を選ばずメモする
- すぐさまメモする
この三つを生活の中に織り込んでいくのが、「とにメモ」生活です。それぞれ具体的に見ていきましょう。
対象はどうあれメモする
気になったものはメモします。たとえそれがなんであれメモします。後で使いそうな番号、気になったこと、思いついた疑問、印象に残る固有名詞、何かの手順、何かの図面、エトセトラ、エトセトラ。大半が役に立たないかもしれませんが、気にしません。どのような使い道があるのかがわからなくても、気にしません。それをどう使うのかは、メモした後で考えればいいことです。
とにかくメモします。
手段を選ばずメモする
メモするために、手段を選んでいる場合ではありません。どんなものを使っても、とにかくメモします。テーブルの上のナプキンであってもメモに利用する、みたいな話がありますが、あんなものは序の口でしかありません。多くのものがメモするためのツールとして利用できます。
一般的にメモというと、手書きを想起しやすいですが、それに限定してしまうと、メモできない状況がたくさん生まれてしまいます。非常にもったいないデスす。怠惰です。デジタルのメモツールを筆頭に、携帯のメール、カメラ(写真)、スケッチ、ボイスメモ、スクリーンキャプチャ、AIアシスタント、エトセトラ、エトセトラ。手近にあるものを貪欲に利用してメモを作成していきましょう。
いっそ、どうすればメモしやすい状況が作れるか、とメモを主体にして自分の環境をカスタマイズするのもいいかもしれません。
とにかくメモします。
すぐさまメモする
メモにとって「後で」は厳禁です。それは死別の言葉であり、拒絶の意思表示です。
何かが気になった瞬間がメモを作成するのにベストなタイミングで、そこから時間が経つにつれ、徐々に危うくなってきます。
メモするまでの間は、その情報は脳内に置かれており、脳の短期記憶は容量や注意を向けられる対象数に限界があります。皆さんも、何か考えごとをしていたときに、いきなり他の人から話しかけられて先ほどまでの思念が吹っ飛んでしまった経験をお持ちでしょう。
自分の脳を保存しようと頑張っても、周りの環境は止まってくれませんので、そこから発生した刺激によって情報が喪失してしまう危険性は常につきまといます。数式で表すことはできませんが、経過時間が増えるほど、短期記憶内にその情報を留めておける可能性は減少していくと言えるでしょう。だからこそ、すぐさまメモするわけです。
その瞬間では、もしかしたら十分な形でメモする余裕はないかもしれません。それでも、メモします。少なくとも、何もメモを取らないよりははるかにマシです。後からその内容を復元できる可能性は飛躍的に高まります。
あるいは、どうしてもその瞬間にメモできないのなら、メモできる体制に移行できるまでの間、必死にそのことだけを考えておきます。不完全であっても、外部から入ってくる刺激を遮断し、注意をその思念だけに向けておくのです。
しかし、自分が自分の着想で連想してしまうことまでは止められません。ときには、メモしたいことが複数に増えてしまうこともあります。そういう場合は、キーワードを抽出し、そのキーワードだけを覚えておくという方法があります。
たとえば、「社会の情報化が進むほど、ポピュリズムが広がりやすい仮説」と「小説とVRの違い 没頭感と自我との距離」という二つの着想があった場合は、「社会の情報化とポピュリズム」(あるいはポピュリズム)と、「小説とVRとの差異」(あるいは小説とVR)だけを覚えておくようにするのです。そして、メモツールが使えるようになったら、そのキーワードを元に思念を「解凍」して記録します。完璧な方法ではありませんが、緊急避難的には使える方法です。
とにかくメモします。
さいごに
まとめると、
- 基本的にメモしましょう
- 不完全でもメモしましょう
- どうしても無理ならメモできるまで注意を向け続けましょう
となります。
これを当たり前のように繰り返していくのが「とにメモ」生活です。この生活を続けていくと、爆発的にメモが増えていきますし、また自分の思念や注意に敏感にもなります。それらは、知的生活を送っていく上でも役立つものです。
▼今週の一冊:
松岡正剛さんとドミニク・チェンさんの対談です。この組み合わせだけでツボにはまる人がいらっしゃるのではないでしょうか。そういう人なら間違いなく楽しめる本です。興味深かったのは、デスクトップ型以外のコンピュータ(のUI)の可能性です。たしかに他の形があってもいいですし、それがたとえば日本的なものであっても構わないわけです。ともかくいろいろ思考が刺激される一冊です。
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不安感いっぱいでしたが、無事電子書籍の新刊が発売となりました。実用書成分ゼロの短編集です。一部の噂だとメディア論的要素があるとのことでした。改めて自分で見返してみても、たしかにそういう部分があるかもしれません。よろしければ秋の夜長にでもどうぞ。
▼倉下忠憲:
新しい時代に向けて「知的生産」を見つめ直す。R-style主宰。
» ズボラな僕がEvernoteで情報の片付け達人になった理由