今回紹介するのは、アナログツールの「付箋」です。
正確に言うと「糊付き付箋」なのですが、すでに「付箋」がその言葉を代替していますのでこちらの名称でいきましょう。ちなみに、ポスト・イット (Post-it)という言い方もされますが、こちらは3Mさんの商品名ですのでご注意ください。
付箋は身近なツールではありますが、その使い方は多岐にわたっており、また、さまざまなバリエーションの商品も発売されています。「これが唯一の付箋の使い方だ」と言えるものはありません。
ただ、知的生産の現場から眺めれば、「情報をフローティング・ユニットとして扱えるようになる」点が非常に目立ちます。
消える情報
一番ありがちな付箋の使い方は、「タスク管理」でしょう。社会人の方ならばおなじみかもしれません。
「やるべきこと」を付箋に書き出していき、それを目につくところに貼り付けておく。やるべきことを達成したら、それをペリペリと剥がしてコンプリート扱いにする。簡単です。
時間が経てば用済みになる情報の管理方法として、「剥がせる」ものを使うのは合理的な判断でしょう。
漂う情報
もう一つ、よく使われる使用方法としては、「アイデア出し」があります。
一枚の付箋に一つのアイデアを書き込み、それを紙いっぱいに並べていきます。これだけならば、ペンで直接書いても同じなのですが、後で並べ替えられる点に違いがあります。そして、その違いがたいへん大きいのです。これは前回紹介したアウトライナーとエディタの違いに似ているかもしれません。
アイデアは頭の中では漠然と漂っています。「これはこう。それはそう」という配置はありません。そこで、それぞれのパーツを一つ一つ吟味しながら、「これはこの場所に配置する。あれはあれと似ているのでひとくくりにしよう」といったことを考えていくわけです。そのための補助として付箋は大活躍してくれます。
飛び出す情報
上記の使い方は、同一平面上での情報の移動でした。簡単に言えば、同じ紙の上ということです。そして付箋は、その平面すら飛び越えてしまいます。
たとえば、上のアイデア出しで作った付箋を別の紙に貼り付けて、今度はそれを中心にアイデア出しすることができます。
ここで出てきた付箋を、同じように別の紙に貼り替えてさらに深掘りすることもできるでしょうし、逆におおもとの紙に戻して、別のアイデアとの化学反応を期待することもできます。自由自在に飛び回れるわけですね。
紙片に貼っていた付箋をノートに。ノートから別のノートに。ノートから手帳に……。
一つ一つの情報が独立しており、さらにそれが「貼れる」性質を持つことで、所属先をあちらこちらに変えることが可能です。情報はコンテキストが変われば、それが持つ意味合いも変わってくるわけで、発想においてこうした特徴は非常に重要と言えるでしょう。
さいごに
「たかが付箋に大げさな……」
と思われるかもしれませんが、付箋は想像している以上に強力なツールです。特に、手帳やノートを使っているなら欠かせないパートナーと言っても過言ではありません。
永続的に場所を変えたくない、あるいはコンテキストを固定化しておきたい情報に関してはノートが役立ちますが、そうではない情報に関しては付箋に書き込み、それを「浮かして」おくことで、きびきびと動かせるようになります。
▼今週の一冊:
トースターを作るというと、なんとなく半田ごて的なイメージが湧いてきますが、本書はまったく違います。
ものすごくラディカルな地点からトースターが作られていきます。どのくらいラディカルかというと、鉄を作るあたりからです。もちろん、素人がそんなことをやったところで、でき上がるのはプロダクトではなく前衛すぎるアートですが、そのこと自体はたいした意味を持ちません。いや、むしろ前衛すぎるアートだからこそ、プロダクトの背景にあるものを印象深く突きつけてくるのかもしれません。
軽妙な文体で、翻訳もうまいので、さくさく読んでいけるのですが、なにかズンと大きいものが心に残る一冊です。
▼倉下忠憲:
新しい時代に向けて「知的生産」を見つめ直す。R-style主宰。