「経営理念は利潤を出さないこと」
と謳うパン屋さんに、ひどく共感を覚えました。
こだわりのパン作り、パン屋の経営、資本主義とマルクス、そして小さな革命。
いろいろな話が詰まった、とても不思議な本です。
不思議なパン屋さん
著者は流通業界の状況に疑問をおぼえ、祖父からの「啓示」をうけて、30歳で突然「パン屋」を目指すことになります。
いくつかのパン屋で修行を経たあと、千葉で「パン屋」を開業し、震災後に岡山に移転。現在もそこで営業されているようです。
徹底的に“自然”にこだわり、工程にも手間をかけ、素材はできるだけ地場から仕入れる。そんなパンの値段は少々高く、そして営業日は木・金・土・日の4日だけ。さらに年に一ヶ月は長期休暇をとる、というじつに不思議なパン屋さんです。
それでも経営が成り立っているというのですから、興味を覚えないではいられません。本書を読み進めていくと「なるほどな」と納得できる話が、いくつも出てきます。
二つのパン屋
私はよく、話のたとえとして「パン屋」さんを持ち出します。
全国展開のバーガー・チェーン店で、駅前など人の多い場所に出店していき、営業効率を高めて、日本で有数の「売り上げ」をつくるお店。
住宅街立地に店舗を構えた個人営業で、朝から自分でパンを作り、それを自分で売るお店。
どちらも大ざっぱにくくれば「パン屋」のようなものです。「売り上げ」でみれば、比べるまでもなく前者が「優れて」いるでしょう。資本家としてどちらに投資するかなど、質問にすらなりません。
しかし、私たちは資本家ではありませんし、資本家の投票に付き合う必要もありません。
もし、町のパン屋さんが自分の仕事に満足と誇りを感じているのならば__そして経営が成り立っているのならば__、それはそれで素晴らしいことですし、ほかの誰かから何かを言われるようなことでもありません。経営にとって、売り上げの拡大は至上命題ではないのです。
もちろん、自由な市場において、売り上げを追求していく経営方針もありでしょう。ただ、そうではない経営方針を取ることもできるし、それは別段劣った考えではない、ということは言えるように思います。つまり、町のパン屋さんだっていいじゃないですか、と。
私の話
私も30歳で仕事を変え、物書きを始めました。しかも、同じように田舎で仕事をしています。
出版社が東京に多いことを考えれば、不利といえば不利なのかもしれません。むしろ、「よく、いままで仕事できているよな~」と自分でも思うことがあります。
※インターネットとSNSがなかったら、たぶん無理だったでしょう。
しかし、田舎に住むメリットもそれはそれであるのです。本書から引用してみましょう。
「田舎」は、高収入を得るのは難しくとも、その分、「都会」の理不尽さとは無縁でいられる。家賃は都会の何分の一かで済むし、何より、必死でおカネを使わせようとする人たちがいないから、場所にもよるけど、一家で月に15万もあれば、十分に暮らしが成り立つ。
生活のランニングコストが低ければ、次から次に仕事をしなくても、なんとか生活が成り立つ。なんだかネガティブ方向な発想のように思えますが、そういうわけではありません。
本を書くというのは、結構時間がかかります。
もし、次から次へと仕事を受けてしまえば、一冊の本にかけられる時間は減ってしまうでしょう。それが一定の度合いをオーバーすれば、「効率化」をこえた何か__たぶん、あまり良くないもの__が生まれてしまう可能性は否めません。
もちろん時間をかけたからといって「良い本」が生み出せるわけではありませんが、自分なりの納得感は得られます。その仕事をやっている意味を感じられるのです。
さいごに
別に、「田舎で物書きしようぜ」と主張したいわけではありません。
方法はたくさんあるし、自分の価値観にフィットしたものを選択すれば、ハッピーじゃないだろうか、という話です。
生き方も価値観も多様化し、さまざまなツール・メディアが個人で使えるようになっている現代では、アイデアと考え方次第で、いろいろなことができるようになっています。生存するための戦略は一つではないのです。
そう考えたとき、自分はどんな価値観を持っているのか、を知っておくことは大切になるでしょう。あと、いま何ができて、何ができないのかを知ることも必要そうです。おそらくそれが、ライフデザインの出発点になります。
そんなことがグルグルと頭を巡った一冊でした。
Follow @rashita2
新刊のゲラが返ってきたので、意気揚々とチェック作業に入っております。この辺りから、文章を書く作業からは解放され、代わりに出版に向けたドキドキ感が出てきます。
今回の本は、これまでで一番時間がかかりましたが、相応に面白い本になったのではないかと、ひっそり自負しております。まあ、対象はマスではない、という点はこれまでと同じですが。
▼倉下忠憲:
新しい時代に向けて「知的生産」を見つめ直す。R-style主宰。