わかりやすいのがギャンブルで、持ち金1万円で始めたとすると、1万5千円の時には、いつでもギャンブルから離れられる気持ちになり、反対に5千円になると、少なくとも1万円まで戻さなければやめられないと思う、そういう心理的傾向を指摘した言葉です。
私はよく、「時間」についてもこの、「現状維持バイアス」が働いているのではないか、と思うことがあります。特に現代人は、時間というリソースを非常に大事がるので(当然といえば当然ですが)、「現状維持バイアス」もまた、昔の人に比べてはっきり働いているような気がしています。
ただ、「時間」というのはご存じの通り、伸縮がきかず、貯めておくこともできないリソースであるため、「現状維持バイアス」があまり生産的な方面には働かないことになります。
一例をあげると、夏休みの宿題に、夏休みが40日ある段階で手をつけるのは、「夏休みがもったいない」という感情におそわれそうです。
一般に「余剰の時間がたくさんある」時ほど、持ち金がたくさんあるときと同様、あまりギャンブルはしたくないものです。
宿題に手をつけたとして、それが面白かったり、スパッと片付くなら、それは「宿題をやらずに遊び出す」よりすばらしいことですが、息苦しい気持ちになったり、なかなか終わらず、夏休みが宿題ばかりで全部つぶれてしまっては、「夏休みまるまる」大損です。
それは一種の「賭け」です。「先に宿題をして、残りのたくさんの時間を、憂いなく遊びに没頭するか(大勝)、あるいはそれに失敗して、宿題ばかりで夏休みを過ごす羽目になる(大負け)か」という、「危険な賭け」を「余剰時間がたくさんある時点」ではやりたくないわけです。
子供の夏休みばかりでなく、大人でも、特に時間を大切に感じている人ほど、一日の早い段階や、特別休暇を、「ついずるずる過ごしてしまう」ように思えて仕方がありません。
そういう人はまた、何のかのと言っても、必ず仕事はこなします。「ついずるずると損をしてしまった!」という心理状態になると、今度は「現状維持バイアス」が逆に働いて、「時間を取り戻そう」と躍起に賭けに出るからです。
本当は「時間を取り戻す」ことは不可能で、〆切に追いつくというだけですが、時間は伸縮がきかず、貯めてもおけないので、〆切に間に合うかどうかをもって、ゼロとするしかないわけです。
もしこの推論に一抹の正しさがあれば、自分が「時間の損得」という心理について、何を基準にしているかを知ることで、「余剰時間」をもっとうまく使いこなすことも可能だと思います。
つまり「現状維持バイアス」にあえて挑戦し、余剰な時ほど賭けに出てみるなどです。