この連休中は、仕事が立て込んでいたこともあり、また思うところがあって普段通りのスケジュールで仕事をしていました。
普段との違いは、
・ブログを休むこと
・連載系の仕事(週7本、隔週1本)がお休みになること
・メールの数が激減すること
という3点。時間的な余裕が生まれるのはもちろん、締め切りに追われずに済むという意味で精神的な余裕もありました。
それなりの負荷のある作業を継続して行っている状況では、途中で取るインターバルが長すぎると、再びペースを取り戻すのに苦労するものです。
例えば、マラソンでは一度歩いてしまうと再び走り出すのがおっくうに感じられますし、さらに立ち止まってしまったらもっと大変でしょう。
現在、このブログを含めて週に17本の記事を書いていますが、この状況はさながらマラソンを走っているようなもので、書き続けているからこそ生まれる惰力と勢いの後押しを受けて、辛うじて「書く」という作業を継続できるという側面があるように感じています。
しかも、マラソンと違って、明確なゴールがないため、立ち止まること対して非常に慎重になるのです。
このブログを書き始めて2年になりますが、年末年始10日弱と5月の連休10日弱については、ブログを休むようにしてきました。でも、「ブログを書かないことによって生まれる時間をインプットに充てられる」という、考えればすぐにわかるようなタイムシフトも、実のところさほど機能しているようには感じられず、どうしたものかと思っていました。
機能しない理由は簡単で、「書かなくてもよい」というある種の解放感は、それによって生まれる実質的な余裕時間にプレミアムをつけてしまうのです。
つまり、
「ブログを書かない分、普段できないようなことがたくさんできる!」
という超過大評価を下してしまうのです。その結果どうなるかについては、
「9連休もあれば何でもできるし、どこへでも行ける!」
という“ハイテンション”(あるいはユーフォリア=陶酔感)と、その後にやってくる“バブル崩壊”とのギャップを経験したことがあれば、おわかりいただけるでしょう。
そんなわけで、今回の連休については、かねてからやろうと思っていた「連休中もいつも通りの活動」を実践してみたのです。
その結果、本来であれば今週(5/7〜5/11)に締め切りのある仕事は同じ週内で2〜3日のバッファを持って片付けていたところを、週明けの今日(5/7)の時点ですべて完了している、すなわち「今週は締め切りに追われることはない」という状態を作ることができました(とは言え、書き終えた原稿自体は本当の締め切り日までは手元にキープします)。
実際にこの状態に身をおいてみると、想像以上の安心感があります。これは「9連休もあれば何でもできるし…」というユーフォリアとは一線を画する、ハードでタイトで確実な“ご褒美”と言えます。
とは言え、今週はまったく仕事をしないかというとそんなことはなく、代わりに取り組むのは来週の仕事。これを続けていくと、常に1週間分のストックが確保しながら前倒しで仕事を進めていくことができるはずです。
締め切りに迫られるからこそ奮起して仕事ができる、という一面もあるとは思いますが、一度でも締め切りよりも早くに仕事を片付ける体験をすると、その快感が動機付けになることもあるのではないか、と感じています。
<関連>
・前倒し仕事術(1)──「嵐の前の静けさ」を合図に(ITMedia)
・前倒し仕事術(2)──「五条大橋の戦い」に学ぶ(ITMedia)
仕事の場合、気の進まない仕事に対する関心が離れがちです。勢い「未着手」のまま放置しておくと「得体の知れない度合い」がアップして、ますますフタをしたくなってしまいます。そこで、少しでも“箸をつけておく”ことで、ある程度の手応えがつかめますので、安心感が得られるでしょう。安心しすぎても油断を呼んでしまいますが、ほどほどの安心感があれば、前に進む勇気は自然と湧いてくるものです。
つまり、締め切りに負われて仕事をしている時の心境と、映画の中で追い詰められていく主人公を見ている時の心境は似ている、もしくは同じなのではないか、ということです。
そして、こういったピンチを乗り越えた後にやってくる圧倒的な解放感や得も言われぬ安心感の心地よさがクセになり、「もっとピンチを体験したい」という欲求を喚起している可能性があります。
もちろん、映画や小説は放っておいても無事に終わりを迎えますから、スリルとしては限定的と言えます。でも、仕事は自分が終わらせない限りはいつまでもサスペンドされ続けるわけですから、事実上そのスリルには際限がありません。