仕事のおいしさを考える

カテゴリー: Journal

たまに宅配ピザを食べます。でも1人で注文すると、Mサイズであっても一度に食べきれないので残りは後で食べることになります。

当然ですが、後で食べる時の味は届いた直後に食べる時よりも味や食感がガクッと落ちます。もはやクラストにクリスピーな歯ごたえはなく、食材とオイルが分離し、全体的にべちょっとした感じになります。

レンジで温めても、味は蘇るものの、届いた直後のフレッシュさは戻りません。

自分が取り組んでいる仕事においても、食べ物における「旬」のようなものがあるように感じています。あるタイミングを逃すと、自分の気持ちと取り組んでいる仕事とがうまく噛み合わなくなり、いまいち身が入らなかったり、やっつけ仕事風になったり、むやみに時間がかかったりといった品質の劣化を招くのです。

もちろん、どんな状況でも一定クオリティーのアウトプットを出すのがプロなのだとは思いますが、それ以前に、どんな状況なら最高のパフォーマンスを出せるのかについて知悉していることもプロとして求められることの1つと考えられます。

状況に関わらず「何でもできます!」と言う人より、具体的な状況ごとにできることとできないこととをきちんと説明できる人の方が頼もしそうに見えます(「あの過酷な状況でもやっぱりやってくれたよ、さすがプロだね」と思われたい気持ちもありつつ、それは目指すべきではなく果たすものということでいったん保留)。

ピザを焼く窯は24時間連続で稼働させれば、必要なメンテナンスができなくなって長持ちしないでしょう。安定的においしいピザを供給するのが難しくなります。

仕事もどんなに楽しかったとしても、ボリュームやスケジュールをコントロールできないのであれば、求められているような成果を出すのが難しくなります。

カレーやシチューは時間をかければかけるほど熟成されておいしくなるものですが、チャーハンは強い火力で短時間で一気に炒めた方がおいしくなります。

かけた時間に比例してブラッシュアップしていく仕事もあれば、短時間で一気に仕上げないとメリハリが失われるという仕事もあります。

3分でかき込むかけそばもあれば、2時間かけてゆっくりと楽しむフルコースもあります。かけそばを食べるのに2時間かけたり、フルコースを3分で平らげるのはテレビ番組などの企画としては面白いかも知れませんが、観ていて「おいしい」番組にはならないような気がします。企画する側としてもどうでしょうか。

食べる側だけでなく、作る側ににも「おいしい」か「おいしくない」かという観点があり、“おいしく”作られた料理はたいていおいしいものです。

大切なことは、どうすれば「おいしい」のかを自分で分かっておくこと、言い換えれば1日という短いスパンにおける自分の“旬”を見極めて、その時々で適切な仕事に取り組むことではないでしょうか。

仕事のおいしさは、外にあるのではなく、自分の内から作り出していくものなのだと思います。

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