先日「音楽の絵本」という、見ようによってはシュールなコンサートを鑑賞しながら考えました。
» 音楽の絵本
ライオン、マレーバク、スマトラトラ、ツルウサギ、などの「かぶり物」で粉飾した演奏家たちによる、子ども向けのクラシック風・コンサート。
思いついてしまえばどうってことないアイディアというものほど、思いつかずに地団駄踏むものです。
つくづくよくできているなと思ったポイント
私が行ったコンサートも、超満員ではなかったものの、大盛況でした。「私の行った」とは言え、聴きにいったのは娘(7)であり、でもお金を出したのは私です。聴きに行かせたかったのは妻。つまりそういうことなのです。
つくづくよくできているなと思ったのは、次のようなポイント。
- 演奏家として奏者が超一流とは言えなくても、そんな事は問題ではない
- 芸もする奏者は「芸人」として一流とも言えなくても、そんな事も問題ではない。子どもにウケればいいのであり、げんにウケていた
- 奏者はいっさいしゃべらない。その点「動物のかぶりもの」は無表情なのがかえっていい。私にシュールに映ったのはこの点
- 普通のクラシック・コンサートは拍手(と「ブラボー!!」)以外はしんと静まりかえった中で聴くというマナーがあって、未就学児連れはそこが難しいが、このコンサートでは未就学児が泣きまくっても問題ない
- 親自身はクラシックに興味がなかったとしても子育ての息抜きにはなるし、子ども向けの曲目なのでそれほど退屈もしない。それでいて何か「子どもの教育」をしている気にもなれる(お金の支払いがしやすい)。もちろん親がクラシック好きなら言うことなし
- 子どもがもう一度行きたがれば、その家は「家族がリピーター」(時におじいちゃんおばあちゃん連れで)になり得る
- 親が「この子がもっと大きくなる(音楽好きになる)まで連れて行こう」とする限り、その家は「家族がリピーター」になり得る
- 「楽団」としての規模が小さくても成立する(たとえばバイオリンが第1第2の計2人でも成り立つ。トランペットの音にかき消されるレベルだが、あまり問題ではない)ので、主宰のコストが抑えられる
他にも、かぶり物の動物をかたどったお人形さんを収入源にしたり、もちろんCDを販売することもできるわけです。何から何まで好意的に、自然にお支払いしやすいサービスにできていて、アイディアの勝利だと痛感しました。支払いをしながら。
誰が最初に経験したいサービスで、誰が引き続き経験したいサービスで、誰が何のために費用を持つのか。考えれば考えるほど唸らされるというわけで、「遊び」というものにまだまだ「余地」を予感します。
よくいわれることではあるのですが、代金を支払う人と、サービスを受けたい人が、常に一致していなくてもいいわけです。
しかもしばしば、2度目以後にサービスを受けたい人と、1番最初にサービスを受けたい人とが、一致していなくても、いいのです。