何でもかんでも自分の頭で覚え込まなくても、とりあえずコンピュータに記録しておき、あとから断片的な情報を手がかりに検索すれば引き出せる、という便利さにすっかり慣れてしまっている昨今ですが、これだけは引き続き自分の頭で覚えておかねばなりません。
それは、人の名前。
会合やセミナーなどで名刺交換し、1ヶ月後くらいに同じようなセミナーで再度顔を合わせても、たいてい顔は覚えているのに名前が出てこないものです。「あ、どうも」という挨拶もそこそこに、この人の名前なんて言ったけな?、とお互いにばつの悪い思いをすることになります。
でも、世の中には一度会っただけなのにしっかりと名前を覚えてくださる方がいます。そういう方と再会しようものなら「やぁ、これは○○さん、どうも」などと“名前付き先制挨拶”をされてしまい、相手の名前を覚えていないこちらとしては不意に窮地に立たされます。結局あいまいに微笑みながら「ど、どうも」などと返すのが精一杯。
ということで、最近の日本経済新聞(2006年6月10日付けの「プラス1」)の「『あれ、誰だっけ?』を防ぐ 人の名前の覚え方」というコラムに「名前を覚える名人」の技が紹介されていますので参考にしてみます。
繰り返し思い出す
パレスホテルで約21年間ドアマンを務める男性(47)は、客の顔のほか、歩き方など特徴を瞬時に目に焼き付け、できるだけ話しかける。一人になった時に焼き付けた記憶を繰り返し思い出す。
名前とイメージを関連づける
衆院議員の公設秘書を務めて12年の男性(45)は、「木村さん」なら自分が既に知っている木村姓の人や「木村拓哉さん」など有名人と関連づける。帰宅してお風呂に入りながら関連づけた情報を思い出す。
とは言え、この2人の名人による名前の覚え方は、それが習慣として定着しているからこそできるものであったり、もとからその人に関連づけのセンスがあったからうまくいっているのかも知れません。従って、そうでない人がそのまま真似をしようとしてもうまくいかない可能性があります。
そこで、少し距離を置いて、この2人の覚え方を眺めてみると、繰り返し思い出すという共通点が浮かび上がります。どんなやり方で覚えようと、記憶を定着させる上での根幹となる行動は反復です。やり方の違いは個性の違いであり、見た目がどんなに異なっていても実態としてやっていることは似たようなものということになります。
今はどうかわかりませんが、僕が大学の受験勉強をしていた頃(1991年)というのは、ひたすら記憶力の優劣で合否が決まる世界でした。特にマークシート方式の試験ではいかに効率よく大量の情報を記憶するかだけがすべてで、それ以外の力、例えば論理的な文章を書く力や表現力、あるいはクリエイティビティのような数値化の難しい能力は重要であっても緊急ではなかったと言えます。
僕自身はたまたま「語呂合わせ」や「イメージ化」が比較的得意だったので、英単語でも歴史の用語でもおよそ覚えるべきものは「語呂」か「イメージ」のどちらかを使って暗記していました。
例えば、「choke」という英単語があります。意味は「窒息する」。この単語は非常に覚えやすかったです。なぜなら、「超苦しい、窒息する!」(choke=チョウク)という語呂がぴったりあてはまるからです。
歴史なら、歴代首相や将軍の名前、あるいは治世の移り変わり(徳川綱吉の時代 → 正徳の治(新井白石) → 享保の改革 → 田沼意次の時代 → 寛政の改革 → 天保の改革)といった連続する流れを暗記する場合は、自分がよく知っている、あるいは利用している鉄道路線の各駅のイメージに当てはめるようにしていました。例えば、山手線の場合、
●上野 :徳川綱吉の時代
●御徒町:正徳の治(新井白石)
●秋葉原:享保の改革
●神田 :田沼意次の時代
●東京 :寛政の改革
●有楽町:天保の改革
というように組み合わせます。その上でそれぞれの駅と時代の特徴とを関連づけます。
●上野といえば動物園。生類哀れみの令を出した綱吉と相性ぴったりです。
●御徒町といえば人で賑わうアメ横。正徳金銀を鋳造して経済政策につとめた新井白石のもとで商業が賑わったことにつながります。
●秋葉原といえば、電気街。電気といえばテレビ。テレビから「暴れん坊将軍」を関連づけて、徳川吉宗を引き出します。さらに「秋葉原」も「暴れん坊将軍」も同じ「あ」で始まる言葉であるという共通点も記憶の助けになります。
●神田は名前に田んぼ「田」が入っており、田沼意次の名前にもつながりやすく、また神田川という川を思い出せれば「印旛沼運河工事の失敗」などこの時代に起きた水回りのイベントも引き寄せやすくなります。
●東京といえばオフィス街。少なくとも神田よりは洗練されたイメージが漂います。そこで、神田のガード下の飲み屋で安酒を飲んでいる田沼意次と丸ビルの上層階のバーで高級ワインを飲んでいる松平定信の対比を思い浮かべます。定信の改革の基本は田沼政策の否定なのでこの対比が記憶によく効きます。
●有楽町といえば華やかな銀座の街。オフィス街の東京と比べると浮かれているイメージがあり、幕府の威信が低下してうまくいかなかった天保の改革に対して、長州藩や薩摩藩などの地方が独自の改革を推し進めた時代と関連づけられます。銀座で飲んだくれている頃、地方にUターン就職してがんばっている同級生のことを思い出してみたりします。
こうしておくと山手線に乗ってこれらの駅を通るたびに上記の関連づけが想起されます。例えば、上野で動物園の連想から「生類哀れみの令」を思い出したり、秋葉原の石丸電気の巨大スクリーンを見て「暴れん坊将軍」を思い出したりするわけです。
また、駅というのは順番の変わらない連続物なので、これに沿って暗記したい連続物を1つずつかぶせていくことによって、順番の乱れやモレを防ぐことができます(従って、新しい駅が新設されると非常に困ります…)。
ポイントは、意識して繰り返し思い出す努力をしなくても、電車に乗ってさえいれば自動的に「繰り返し思い出す」ことになり、記憶が強化されていくことです。
これは電車に乗るという行為に「思い出す」ことをあいのりさせているわけですが、そもそもこの方法を思いつく出発点となるのは「繰り返し思い出す」ことをいかに自分の得意なやり方で実践するかという課題です。
何かうまいやり方をしている人を見たら、それをそのまま真似るのではなく、そのやり方の中に隠れている、誰もが活用できる普遍的な原則を見つけ出し、この原則だけを拝借して自分のやりやすい方法論を組み立てていくと良さそうです。
人の名前を覚えるコツを編み出す場合なら、「繰り返し思い出す」という原則をベースに、自分にとって一番覚えやすい得意なメソッドをかぶせていくことになります。
<人のやり方を真似るコツ>
普遍的な原則を見つけ出し、これに自分の得意なメソッドをかぶせる。