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「人生」を変える時間術の本

迷いの晴れる時間術 迷いの晴れる時間術
栗木 さつき

ポプラ社 2009-07
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本書は、いわゆるビジネス書としては相当変わっています。邦訳のタイトルが「時間術」となっていますが、一般的な時間術の話は一切出てきません。目標を設定し、これを分解し、タスクリストを作って、家事と仕事とを両立させる。という話ではないのです。

ではどういう話かといいますと、私たちの「時間」に関する考え方が、私たちの言動を決めてしまっている。だから、時間に関する考え方が、行動を決め、人生を形作っていく。時間に関する思い込みが、人を幸福にも不幸にもする。その思い込みを変えることによって、人生をよりよくも、より悪くもする。そういう話です。

「人生」を変えたいと思ったら、「人生」は何からできているかを知らなければなりません。著者は「人生」は「時間」によって作られているといいます。そして「時間」は、欧米文化的な考え方によっているなら、「過去」と「現在」と「未来」からできていると感じられるでしょう。したがって、「過去」「現在」「未来」に関する考え方を変えると、「人生」は変わるというわけです。

一見いささかスピリッチュアルな本のように思えるかもしれません。私も読んでいて時々そう感じました。しかしそれはまったく違います。著者はやや極端なくらい、実際的です。

たとえば本書によればアメリカ人の大半が、「死後の世界」や「天国と地獄の存在」を心の底では信じているといいます。その「思い込み」の虚実に著者は興味を示しません。その価値についても徹底的に抑制します。しかしそうした「思い込み」が、現在の活動、それも非常にありきたりな生活行動に、強い影響を与えるのです。著者の興味は、そこに集中しています。

過去に重点を置き現在を楽しむ-「幸せ」な人生を享受する

筆者は、時間に関する典型的な6つのとらえかたをそれぞれ、「過去肯定型」「過去否定型」「現在宿命論型」「現在快楽型」「未来型」そして「超越未来型」と名付けています。

「過去」については「肯定」と「否定」。つまり、「昔はよかった」と思っているか、それとも「子供時代はひどかった」と思っているかの違いです。この違いは、「人生が幸せかどうか」について、決定的な影響を及ぼすと、筆者は指摘しています。多くの心理学者もそれには同調しているのですが、人間の脳は基本的には「記憶」で詰まっているうえ、「自我」とは「自分のそれまでの物語」で形成されているものなので、「過去」が「よかった」と「思って」いるなら、その人はおおむね幸福であり、どんな瞬間でもそうなるでしょう。

そしてここからが近年の深層心理学の、新しい見解なのですが、「記憶」は日々変化しています。ということは、「過去」は「変化する」ものなのです。「過去は変えられない」というのは、客観的に見ればそうかもしれませんが、「記憶」は変えられます。というよりも「記憶」は変化を避けられないのです。しかも本人は記憶の変化に気づかないうえ、「記憶が間違っている」とも信じられないようになっています。ほとんどすべての人は「記憶違い」による失敗を、約束やテストのたびに体験しているでしょう。

であるなら、「記憶」を「良く」変えてしまえば、人は幸福になれるはずです。これが筆者の1つのメッセージです。常識感覚としてはちょっと受け入れがたい話かもしれません。しかし、論理的にはおかしくはないのです。

現在から未来に重点を置く-「意志的」な人生を歩む

本書にはもうひとつ重要なポイントがあります。人は「過去」「現在」「未来」に等分に注意を払っていない、ということです。「過去重視」の人がいれば「未来重視」の人がいるというわけです。どちらにもメリット、デメリットがあります。

すでに述べたとおり、「過去肯定」の人は「幸福感」と共に生きています。そういうタイプの人はまた、ふつうは「過去重視」です。「昔は良かった」うえに「今が幸せ」であれば(この2つは連動しているのですが)、そんなに「よりよい未来のためにエネルギーを注ごう」とは思わないからです。

逆に、「過去否定」(子供時代はひどかった)や、「過去軽視」(昔のことを思い煩っても仕方がない)というタイプの人は、相対的に、「今はともかく、将来をもっと良くしたい」と感じても不思議はありません。このタイプの人は、相対的に、「過去重視」の人と比べて現状に対する満足感が弱いわけです。したがって、「未来型」もしくは「超越未来型」になりやすいわけです。

「未来型」ですと、タスクリストを作り、目標を設定し、〆切を守り、行動的になります。つまり、「ライフハッカー」になるわけですが、ここに「意志的」でかつ「現状にやや不満」という傾向を見ることは可能でしょう。このタイプが過剰になることを、筆者は戒めています。「未来志向」が過剰になると、「常に時間が足りない」という感覚にならざるを得ないからです。「より多くの行動」と「より多くの変化」を求める以上、「現在」の「時間」を全部それらにつぎ込まなくてはならなくなるからです。

筆者はまたこの観点から、「ライフハック」や「自己啓発」に否定的です。「過去型」や「現在型」は何と言われようと「タスクリスト」など作らないし、結局「自己啓発」に「啓発される」のはもともと「未来型」の人に限られるから、というわけです。

より少ない時間で、より多くのことをこなし、複数の目標を持ち、しなければならないことのリストを作り、手帳やPDA(携帯情報端末)の小さなマス目に用事を書き込み、すませた項目にチェックしていこうと提唱する。だが、現在型と過去型は、しなければならないことのリストなどつくらない。かれらには、いましていることと、すませたことのリストがあるだけだ。だから、こうした自己啓発本は、ごく一部の読者にしか効果がない。そのうえ、もっと未来に目を向けろと、未来志向の読者にけしかければ、効用どころか悪影響を及ぼす可能性さえある。(p279)

この視点はユニークで、私は大変面白いと感じました。たしかにいわゆる「仕事術」系の本に興味を示さず、たとえ読んでも実行するなど思いもよらない、という人は少なくないと考えていましたが、「時間認知」の観点から、それらの本がどう見えるかを指摘したものは、いままでなかったように思います。

再度繰り返しますが、著者は、「未来型」(想像)、「現在型」(信念)、「過去型」(記憶)のいずれも、基本的な思い込み(=主観)がまずベースにあって、それによって言動が決まってくるのだと考えているのです。だからこそ、過剰な「未来志向」も過剰な「過去志向」も、常識的には良いことではありません。今より幸福な人生を送りたいなら、ライフハックよりは「写真」や「思い出」の「良い記憶」に浸る時間を増やすことです。逆に、現状に変化をもとめるなら、ライフハックも良いでしょう。

「時間が足りない」のも「もっと効率を高めたい」のも、「未来型」だからです。過去に興味が持てないのか、現在に不満があるのか、あるいは未来だけが変えられると思い込んでいるのか、いずれにせよ、注意力の大半を「未来」に向けているからこそ、ライフハッカーはライフハッカーなのですが、過去の「思い出」を変えることでも、人生を変えてしまうことは可能です。自分がどのような思い込みを抱いていて、今後はどうしたいのか。『迷いの晴れる時間術』では、「時間志向」という観点から、そのきっかけを提案しているのです。

 

▼編集後記:
佐々木正悟

『迷いの晴れる時間術』の考え方によれば、次の記事内容もまた、「未来型」の発想ということになるでしょう。
意欲的に「未来」を変えていきたい、という方はご一読のほどを。