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まだ見ていないことをすでに見てしまう力
2006/06/28 Wed 23:38 by 大橋 悦夫 このエントリをはてなブックマークに追加 このエントリを含むはてなブックマーク

タグ:書く技術

『ダ・ヴィンチ・コード』は文庫版が出てからようやく読み始めて、あまりのおもしろさに2日間でかみなかしも3巻を完読、これを弾みに映画も観に行こう、と思いつつ、なかなかまとまった時間(たった2,3時間なのに)を取ることができず、仕事の間のコマギレ時間を使って文庫版を再読し始め、初回とは打って変わってじっくりと耽読、改めてこの作品の随所に登場する「アナグラム」というキーワードが気になり始めました。

「アナグラム」で思い出したのが、内田樹先生『知に働けば蔵が建つ』


まだ見ていないことをすでに見てしまう知性の力について、こんな話を思い出した。

作家北杜夫は若い頃にトーマス・マンに心酔していた時期があった。朝夕トーマス・マンのことばかり考えて暮らしていたある日、彼は所用で降り立った田舎の駅前で、突然「ぎくり」として立ち止まった。

どうして「ぎくり」としたのか、その理由がわからない。だが、何かを見て衝撃を受けたことだけはたしかである。そこで、ゆっくりと駅前の寂しい風景をもう一度眺めわたしてみた。そして、酒屋らしき店に「トマトソース」という看板の文字を見て、「ぎくり」の理由を知ったのである。

これは人間の「アナグラム」解読能力がどれほどのものかを示している。「アナグラム」というのは、語を構成している文字を前後入れ替えて作り出される別の語のことである。

「トーマス・マン」というアナグラムを組み立てたのは北杜夫自身である。そして、彼は自分で組み立てた(存在しない)文字列を読んで「ぎくり」としたのである。

彼が看板に読んだ「トマトソース」には「ト」、「ー」、「マ」、「ス」、「マ」、「ソ」の文字が含まれている。彼は一つしかない「マ」を二回読み、二つある「ト」のうちの一つを読み落とし、さらに「ン」と「ソ」を読み違えるという複雑な手順を踏んで、「トマトソース」から「トーマス・マン」を読み出したのである。

このくだりを読みながら、頭に浮かんでいたのは『ダ・ヴィンチ・コード』に登場する暗号解読シーンでした。そんなイメージで頭がいっぱいの状態で読んでいたため、僕自身も「トーマス・マン」という文字列を見ながら「トム・ハンクス」(映画『ダ・ヴィンチ・コード』で主演)のことを頭に思い描いていました。

こういった断片的な情報から全体を(勝手に)想像してしまう力というのは抑えがたいものであり、むしろこの力は日々の仕事にも無意識に活用されているはずです。

例えば、プログラマーがソースコードを一瞥しただけで「おや?」という違和感を覚え、じっくり見てみると案の定おかしなところが見つかるような、あるいは、毎日のように書籍の校正に携わっている人が、一字一句目で追わなくても、ゲラをパッと見ただけに「何となく“てにをは”が怪しそう」という予感に続いて実際のその赤入れをする、というような場合です。

僕自身も、文章を書くときにこのような“サイン”を感じることがあります。このサインは書き始める前と、書き始めた直後と、中盤までさしかかってきた頃合いと、書き終えた瞬間と、段階を追うごとに変化していき、それぞれの段階で書き進む方向性に微妙に影響を与えます。

今回のエントリーは、ここまでのところで中盤を越えて締めに向かうところなので、書き始める前に想像していた形とはだいぶ異なる様相を呈し始めているのですが、これとは異なる位相で、今まさに書き上がりつつある文章に既視感を覚えるところもあります。

「この話、以前も書いたような気がする」と疑問に思って過去のエントリーを検索するのですが、見つからず、Googleデスクトップでローカルエリアを“総ざらい”してみるも虚しく、「結局これって書き始める前に頭に思い描いていたことに符合しているだけなのかも…」ということにして前に進むわけです。

このような、意図的に鍛える方法が一般化されていないにも関わらず、日々の仕事や生活には欠くことのできない能力というのはミステリアスで、何というか『ダ・ヴィンチ・コード』的──仮にその“方法”が解明されたとしても、それは単なる手段に過ぎず、解明されたことによって何かが得られたりどこかに辿り着けるわけではない、という意味で──だと思う次第です。

ところで、田口元さんがGTDの第一人者になられたのはある意味必然だなぁ、と常々思っていたのですが、それは田口さんがいち早くDavid Allen氏の著作に目を付けたり、ブログやセミナーで広く紹介していたり、という目に見えるところとは別の何かによるものだと感じており、それがいったい何なのかをずっと考えていて、ふとその謎が解けました。

それは、田口元さんのお名前をアルファベットにすると、Gen Taguchi Dakara。

・・・ともあれ、「まるでアクセル全開で突っ走る暴走バスのような映画」などと批判されている映画『ダ・ヴィンチ・コード』ですが、なんとか公開期間のうちに観に行きたいものです。なるべく観た人の感想は耳に入れないようにしつつ。

まだ観ていない映画をすでに観た気がしてしまう力が発揮されても困るので。。




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