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「コトバの領収書」に対する領収書
2005/12/09 Fri 08:44 by 大橋 悦夫 このエントリをはてなブックマークに追加 このエントリを含むはてなブックマーク

タグ:人から学ぶコツ / 好ましい偶然を引き寄せる / 「成功」に近づくために

昨日の「コトバの領収書」に対していくつかのフィードバックをいただきました。

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これはいい試みですね。
僕はランチでも飲み会でも、紙の切れ端とペンを忍ばせて、
いい話やいい言葉をメモしています。
しかし、どうせならその場でシェアすれば、相手も話しがいがあるというもの。
どうして思いつかなかったのかな。


コメント

同じ日(一昨日)に別の方が「偶然」について書かれているエントリを偶然読んで、自分の中でひっかかりがありましたので、ご紹介します。既にご存知でしたらすみません。
http://blog.tatsuru.com/archives/001417.php
ここで「願望達成の可能性=自分の未来についての開放度の関数」と書かれていますが、これもセレンディピティを高める上でのポイントかもしれません。



ご紹介いただいたエントリ「未来の未知性について」、さっそく読ませていただきました。恥ずかしながら、内田樹先生のことは存じ上げず、これは読まねば、ということでさっそく何冊か手配したところです。若干古いページですが、こちらにインタビュー記事があり、取り急ぎのフォローはできたので、後は著作をじっくり読ませていただこうと思っています。

というわけで、「未来の未知性について」を拝読の所感。

例えば、「出会い」というのは、「会うべき場所で、会うべき時に、会うべき人と」出会うというかたちで成就する。このように関与するファクターの多いイベントを「主体」は現時的与件に基づいて統御することができない。

(中略)

偶然だと思わないのは、それが潜在的「願望」に含まれていたからである

(中略)

私たちは無数の「願望」を潜在的に抱いており、そのそれぞれについて「願望が実現した場合の細部」について想像をめぐらせて、そのための準備を今すぐに始めることができる

そして、実際にわが身にどんなことが起きるか、そのほとんど99%は自力ではどうにもならない。

繰り返し申し上げるが、自分の手で未来を切り開けるということはない。

どれほど才能があって、どれほど努力をしても、それがまったく結実しないと嘆く人間がいる一方で、まるで才能もなく、ろくに努力もしていないけれど、どうも「いいこと続き」で困ったもんだとげらげら笑っている人間がいる。

その差は、自分の将来の「こうなったらいいな状態」について「どれだけ多くの可能性」を列挙できたか、その数に比例する。

当然ながら、100種類の願望を抱いていた人間は、1種類の願望しか抱いていない人間よりも、「願望達成比率」が100倍高い。

おおかたの人は誤解しているが、願望達成の可能性は、本質的なところでは努力とも才能とも幸運とも関係がなく、自分の未来についての開放度の関数なのである。

それは「未来を切り開く」という表現からはきわめて遠い態度である。

未来の未知性に敬意を抱くものはいずれ「宿命」に出会う。
未来を既知の図面に従わせようとするものは決して「宿命」には出会わない。
真に自由な人間だけが宿命に出会うことができる。

※太字はohashi。

「努力は報われる」という慰めに対して、あるいは根拠のない「がんばれ」という声援に対して、ずっと違和感のようなものを感じてきたのですが、その違和感の実体の一部が掴めたような気がします。

人は未来を描くにあたって、いま自分が居る時空をベースにせざるを得ないところがあります。一切合財の期待や思惑や前提条件を取り払ったフラットな状態をベースにしようにも、すでに現状という枠組みに囚われてしまっている以上はどうにもなりません。このあたり、映画「MATRIX」で、主人公ネオが“現実”を受け入れていくプロセスを彷彿とさせます。

であれば、それらを物理的に取り払ってしまえばいいのではないか、という考え方があり、実際に自分でもそうしてきたように思います、振り返ってみると。そう思うのは、「それが潜在的『願望』」だったからでしょう。

例えば、今の収入がある状態に対して、他でもない自分が努力しているから、という原因を割り当てることによってとりあえずの納得に落ち着くことができます。でも、その状態が自分で本当に心から望んでいるものであったり、しっくりきているものでない限りは、割り当てた原因は単なるこじつけ、言い聞かせになってしまう恐れがあります。

そこで、今の自分を成り立たせているであろう(と感じている)もろもろの枠組み(会社にいること、習慣として続けていること、あるいはあらゆるこだわり)をゼロに戻してみます。すると、今まで見えなかった、あるいは気づかなかった、それまでは気づけたとしても小さな違和感としてしか認識し得なかったことが露わになります。

客観的には同じ行為でもその意味するところは人の数だけ存在するため、人がやった方法でその人と同じようにうまくいく、ということはあり得ないですし、むしろある人がやって失敗した方法を自分もやってみたら非常にうまくいく、ということもあるような気がします。

未来に対する「こうなったらいいな状態」をみだりに描くことは白昼夢の妄想のような気がして、何となく忌避してきたのですが、それもまたありなのかな、ということに気づけたのは、結局のところやはり「潜在的『願望』」のなせるわざでしょうか。

ふと思い出したのですが、「毎日毎日、違う自分になること」という目標には改めて「なるほど」と頷かされます。

「発明家や革新者に話を聞くと必ず、 <異なった> という言葉と一緒に、自慢げに人に見せるという考えが出てくる。成功する人たちはね、自分がどこへ向かっているかということはわかってない──ただ、遊び感覚でいろいろやって、成り行きを見守ろうと思っている」


あるいは、ジャパネットたかたの高田社長の言葉もしかり。

その時その時を一生懸命やる。やっているものはなんでも面白ければハマってしまう性格だから、あまり先のことは考えていない。10年後、20年後を考えても人生はわからない。むしろ考えない方がいい。

今この2,3年にいろいろな人に会って、いろいろな本を読んで、いろいろな経験をしていけば、それで人生が変わっていきますよね。だから、あまり先のことを悩むより今のことをやればいい。

儲かるからやる、というよりはやってみたら面白かったからどんどんやる、という感じなんです。



コメントをくださった方、本当にありがとうございます。
上記正に領収いたしました。




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