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「けものみち」の心得と実践



大橋悦夫RMKというコスメティックスブランドがあります。このブランドを起こしたRumiko氏の経歴(2016/08/21 現在はリンク切れ)を見ていると、ある“急転”にいやが上にも目が留まります。

その急転とは、以下の1981年と1982年の間です。

  • 1980年 渡米
  • 1980-1981年 ニューヨーク大学で英語を学ぶ。
  • 1982年- メイクアップアーティストとして活動開始。「アメリカン・ヴォーグ」でデビュー。その後、「ブリティッシュ・ヴォーグ」「ジャーマン・ヴォーグ」「フレンチ・ヴォーグ」「ハーパス・バザー」など全世界のファッション誌のファッションページ、ビューティーページ等を手掛ける。また、有名女優たちのプライベートメイクやショー、広告、ミュージックビデオのメイクと多彩に活躍。
  • 1994年 「SPUR」誌上にて“RumikoのMake-up Lesson”連載開始。
  • 1996年 「SPUR」別冊「Rumiko’s Make-up Lesson」(集英社)出版。
  • 1997年 オリジナルブランド コスメティックス「RMK」を発表。「RUMIKO’S MAKE-UP BOOK」(扶桑社)出版。
  • 2002年 「DREAM-RUMIKO流 夢の持ち方、叶え方」(マガジンハウス社)出版。
  • 2003年 「RUMIKO’S PERFECT BEAUTY BOOK」(講談社)出版。

現在も、RMKのクリエイティブ・ディレクター、メイクアップアーティストとして多方面に渡り活躍中。

渡米後の2年弱は語学留学然としています。特に変わったところはありません。

それが、1982年になると突如として「メイクアップアーティストとして活動開始」します。もちろん、当初からそのつもりでの渡米だったのですが(後述)、いずれにしても人の経歴というものには、こうした“ミッシングリンク”が遍在しているのだ、ということを改めて感じさせます。

正解のないルート

メイクアップアーティストのような職業というのは前例はあっても当事者にとっては常に「けものみち」でしょう。「けものみち」とは『ウェブ時代をゆく』で著者の梅田望夫氏が「高く険しい道」と対比して象徴的に使っている言葉です。

ネット上に知の高速道路ができつつある。そこを走り抜き専門を極める「高く険しい道」、そこを降りて歩く「けものみち」。そんな流れで話を進めてきてしまったから「けものみち」を「負けたあとの生き方」みたいに感じる人がいるかもしれないが、それは大きな間違いである。

「高く険しい道」は専門志向の自由な生き方、「けものみち」は総合志向の自由な生き方である。

「高く険しい道」は何千人、何万人の一人の可能性だが、「けものみち」はやる気のあるすべての人に開かれた道である。しかし日本では、組織に依存せずに「けものみち」を歩く自由な生き方の在りようが、まだきちんと言語化されていない。

司法試験、会計士、中小企業診断士などの難関資格を突破すれば、その先には一定の成功が約束されている(と思われている)という背景のもと、漠然とであれ目的地を設定すれば、おのずと現在地からのルートが決まります。まるでカーナビのように、ルートに沿って走り続けていれば、いずれ目的地にたどり着ける仕組みです。

それに対して、何をすればどうなるか、という定式や通例がほとんどない“荒野”を行く場合は、ルート案内の“圏外”であるため、どのように進むかは完全に当事者に任されることになります。どこをどう進もうと、それが本人にとって納得のいくものであれば、正しいルートといえます。

いうまでもなくキャリアにおける“ミッシングリンク”が多発するのは後者のような走り方でしょう。

「けものみち」の心得

梅田望夫氏は、自身の「けものみち」的な来し方を踏まえながら、その心得を次のようにまとめています。

  • あらゆる面で徹底的にネットを活用すること。自分の志向性や専門性や人間関係を拠り所に「自分にしか生み出せない価値」(さまざまな要素からなる複合技)を定義して常に情報を発信していくこと(ブログが名刺になるくらいに。自分にとって大切ないくつかのキーワードの組み合わせで検索すると自分のエントリーが上位に並ぶようなイメージ)。
  • 自分の価値を理解して対価を支払ってくれる人が存在する状態を維持しようと心掛けること。
  • コモディティ化だけは絶対にしないと決心すること。
  • 自らのコモディティ化に対してだけは「Paranoid」であるべきで、その予感があったら必ず新しい要素を自分の専門性やスキルに加えていくこと(そのときも高速道路を大いに利用しよう)。
  • 積極的に人間関係を構築し、人との出会いを大切にすること。
  • 組織に属するときでも「個と組織の関係」においてきちんと距離感をとって、組織の論理に埋没せず、個を輝かせようと努力すること。

「けものみち」を少しでも“舗装”して歩きやすくしようという心意気が感じられます。歩きやすくなってしまうと、それはもはや「けものみち」であり続けることはなくなってしまいますが、初めて「けものみち」に踏み出す上での心構えとして、これらを念頭に置いておくことは、より早く「けものみち」に馴れる上では役に立つでしょう。

ただし、ここで梅田望夫氏に倣うべきは、こういった心得そのものではなく、心得を作り出すプロセスではないかと感じます。一人一人が自分なりの「けものみち」の歩き方を自らの実体験をもとに自分で自分のために確立していくのです。

具体的には、次の3つのステップではないかと考えます。

  • 1.行動
  • 2.言語化
  • 3.振り返り

行動とは、常識にとらわれずに、まずやってみること。

言語化とは、やってみた結果を人に話したり、ブログに書いたりすること。

そして、振り返り。これがキモだと思っていますが、過去に話したり書いたりした内容と、行動から得られるフィードバックとを比較し、そこから得られた発見を次の行動に活かすこと。

前例という轍(わだち)がない分、思うままに走ればいいのですが、同じところを堂々巡りしないように“パンくず”を落としていくようにするわけです。

「高速道路」であれば、「目的の出口まであと何メートル」という標識により、自分の立ち位置は常にアップデートされていきますが、「けものみち」は荒野を一人でひた走ることが多いため、客観的な自分の立ち位置というものが把握しにくいのです。

人に話したり、ブログに書いたりすることを通して、「行動のカケラ」を集めておくことで、そこに自分の拠り所が形作られます。

「けものみち」の実践

冒頭で取り上げたRMKのRUMIKO氏も、周りから見れば“急転”に見える変化を遂げていますが、本人からすれば、正解のない世界を手探りで進み続ける過程で、自分が残した「行動のカケラ」を次の一歩に活かしているはずです。

以下は、彼女のインタビュー記事より(2016/08/21 現在はリンク切れ)。

メイクアップアーティストになりたいっていうのは、中学生ぐらいのころからずっと思ってたんですよ。でも、美容学校を卒業したあと、某化粧品メーカーの美容部員の試験に落ちたりして(笑)。それからメイクに関わる仕事をいろいろやってみたんですけど、結局メイクアップだけをやりたかったので、外国に行くしかないな、と思ってニューヨークに渡ったんです。

メイクアップアーティストになるための「高速道路」を断念した結果、自ら「けものみち」を選んだことが窺われます。

1年くらいはあるメイクアップアーティストのアシスタントをしていたんですね。で、たまたま彼のピンチヒッターをする機会があって、それがラッキーなことに『アメリカンヴォーグ』の仕事だったんです。そのときの私の作品をスタッフがすごく気に入ってくれて、それ以来直接仕事が来るようになりました。

ここで「私の作品」という「行動のカケラ」が次の段階に進むための“アイテム”になっていることがわかります。

ニューヨークで15年以上仕事をして、メイクアップアーティストとしてやりたいことはすべてやったので、自分のなかで、新しいことを始める段階にきてたんですね。で、それはアメリカでもヨーロッパでもなく、日本の女性のために何かできればいいな、と思ったんです。それで、日本の雑誌でMAKE Up Lessonのページをやらせてもらったらそれが好評で、一冊の本になって。それを見たメーカーさんからブランドをつくらないか、ってお話をいただいて。それが今から約4年前のアーティストブランドがすごく出てきた時期で、これもまたラッキーでした

続いて「日本の女性のために何かできればいいな」という、自分の行動の振り返りから得られるインスピレーションが次の行動に影響を与えている、と考えられます。

今回は、あえて僕自身の関心領域外にある分野で実績のある「けものみち」な人を掘り下げてみました。


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